その11
ちょっぴり、ステビアさんの昔話。
クレティエの森が恵み豊かな場所だと言うのは、セルブールでハンターとして活動してきた10年の間に何度も思ってきたこと。
ステビアは、自分の育った村の近くにあった森とは大違いだとその度に思う。
最も、ステビアの故郷の側にあったのはクレティエの森とは規模自体が異なるから、比較するのもおかしな話なのだけれども。
彼女の育った村は、貧しい農村の一つだ。
ディオンスとジャニーの故郷とは隣組。
水田に囲まれたそこは夏は青い稲穂が揺れ、秋になると黄金色に彩られる。
ぽつりぽつりとある木立と、少し遠くに森人が住まう事のない程度の小さな森が近隣の村との間を阻む。
稲を育てる農家ばかりの村での主な仕事は、稲につく悪い虫と実が入り始めた頃を狙ってやってくる渡り鳥を駆除する作業。
規模の小さな森の中では大型の草食魔獣が出来ないらしい。
ステビアが村を出るまでに見る事があったのは、森ウサギ位だ。
その森ウサギも、彼等の天敵である森イタチがいたから、そうそう食卓に上がる事はない。
森の恵みは多少はあったけれど、それだって規模の小さな森の事。
近隣の村からも、食料の足しにしようと同じ目的で足を踏み入れる人間がいるものだから目的を果たせない事もよくある。
ステビアは家で一番年嵩の子供だったから、最低限の教育期間を終えると同時にハンターギルドに登録した。
貧しい農村であっても、一応は村長がハンターギルドの仕事の斡旋を行っているから、ハンターになるのは簡単だったが、問題は、村でステビアが請けることが出来る仕事がなかった事だ。
仕方なく一月ほどの間、村長の下で雑用仕事を請け負い、僅かな身銭を稼ぐと彼女はハンターとしての仕事を請けられる場所へと旅立つ。
幸いなことに町で依頼をこなすうちに、空から飛来する鳥を相手にしていたお陰もあってか剣(当時は棒きれだったが)の扱いにすぐに慣れ、共に行動する仲間にも恵まれた。
最初に知り合ったのはディオンスとジャニーの二人組。
三歳年上の彼等も、ステビアと同じような理由で村を出たのだと道中で聞き、納得したのを今でも覚えている。
初めての大きな町で、ハンターになりたての魔導士セージと出会えたのが彼等にとって一番の幸運だったと言えるだろう。
彼の堅実な計画の元、仕事を請けているうちにいつの間にか故郷に仕送りが出来る程度に稼ぐことが出来るようになっていた。
そんな事をステビアが思い出したのは、ルッコラやクレソンに昔の自分の姿を見たからだ。
セージはあまり選択肢がない状態でハンターになったステビアとは違って、計画的にその道に入る事にしたらしい。
元々、商家の出身であり金勘定が得意であったらしい彼は、色々と下調べを行ったうえでハンター登録を済ませており、その知識に何度も助けられた。
その頃の自分たちと、今のルッコラ達の姿がなんだか被って見えたのだ。
――当時はあまり意識して考えなかったけれど、彼は結構教師役が似合ってるかも。
ふと、そう思ったのはきっと、彼等に問われたことに答える彼の様子がとても楽し気なものだからだろう。
もう長い事帰っていない故郷に残してきた家族を思い出して、少ししんみりした気分になりながら、ステビアは今度の仕送りに手紙をつける事にした。