その6
クレソンもルッコラも、野宿は一応経験している。
ただ、それは里の大人たちと一緒に一度だけ連れて行ってもらった遠出の時の事だ。
里を出た後は一日で往復できる範囲でしか行動してこなかったから、ほぼ経験がないと言ってもいい。
だから、今回の遠出はクレソンにとって願ったりかなったりと言ったところだ。
なにせ、自分から求めなくても実践で学ぶことが出来る。
それも報酬付きで。
その上で普段は自分たち二人では採集に赴けない場所に行ける。
ルッコラよりもむしろ彼にとって、二重にも三重にも美味しい仕事だ。
彼女と自分の二人には荷が重い魔獣が生息しているのも事実だが、今回はそれを蹴散らす手伝いをしてくれる人間がいるというのはやはり心強い。
ただ、出来る事ならば今回向かう場所に現れる程度の魔獣ならば、ルッコラと二人でなんとか出来るようになっていた方が、旅の間の不安が減るのだろうが、最初から我流でいくよりも機会があるなら他の人間のやり方をみて、良いところを真似していく方が容易だ。
「これが、テントだ。持ってみるか?」
「はい。」
「見た目は小さいが、結構重いから両手でぐっと力を入れないと持ち上がらないぞ。」
ディオンスが自らの荷物から引っ張り出したのは、クレソンの両手を合わせたほどの大きさの丈夫そうな生地で作られた細長い形の巾着袋。
大した大きさでもないのに、地面に置かれたそれはゴトリと重い音を立てる。
彼の言う通り、見た目に騙されると痛い目に合いそうだ。
試みに、軽く袋の口を引いてみてもビクリともしない。
ただ、その試みのお陰で必死になるほどには重い訳じゃないのが分かって、クレソンは少しホッとする。
クレソンは獣人族にしては非力な方だ。
姉のルッコラの方がそういった身体能力には優れているから、こっそりとそれはコンプレックスになっていた。
「やっぱ、小柄で細っこくても獣人は力があるんだなぁ。」
「結構重いんですね。」
急に背中をどやしつけられて持ち上げたばかりの袋を取り落としそうになりながら、クレソンは無難そうな感想を口にする。
小柄で細身なのは、猫人族の標準仕様なのだから仕方がない。
背丈に関しては、クレソンもルッコラも種族内での平均だ。
ルッコラが150センチ程度でクレソンはそれよりも5センチくらい高い。
体重的には少し、彼の場合は平均よりは軽いのだが。
ディオンスの軽口に付き合うと、なんだか振り回されそうな気がして半分聞き流しながら、手にした袋の重さを確認する。
実際、結構な重さだ。
コレを担いだまま他の作業をしろと言われても、クレソンには難しいだろう。
「テントの支柱が入ってるからな。小型化が施されてるとどうしても値が張るから、軽くて頑丈な奴はなかなか買えないんだ。」
「そういえば、これも魔飾なんでしたね。」
成程と頷くと、ヒョイと抱えた袋を取り上げられた。
「中に入ってるのはこんな感じな。」
中に入っているたのは、4本の鉄の棒とテントの本体らしい布の5つ。
どれも随分と小さい。
ディオンスに、本来の大きさはこの10倍ほどだと説明されて、クレソンは目を丸くする。
耳と尻尾がピンと立ったのを見てディオンスが指さして笑うものだから、彼は気恥ずかしくなって尻尾を手で押さえた。
二本もある尻尾の両方を抑えようとすると、どういう訳か片方はクレソンの意思に逆らってその手を逃げ出してしまうから、それを見てディオンスは更に笑う。
とうとう、真っ赤になったクレソンが頬を膨らませてそっぽを向くと、しまったという顔をしてディオンスは謝り始める。
そこに野営予定地に何かの魔飾を設置していたステビアがやってきて彼を小突く。
「おふざけが過ぎたんじゃないの、ディオンス?」
「いや、だってさ、反応がかわいくてなぁ……。」
「あなただって、駆け出しのころに子ども扱いされるの嫌だったでしょう?」
「う。」
「それに、まだやることもあるんだからさっさと自分の仕事をしてね。」
「ほーい……。」
彼女が自分の仕事に戻るのを見送ると、ディオンスはクレソンの耳元でこっそりと呟いた。
「ステビア、おっかないよなぁ……?」
反省した気配のないその様子に、チラリと一瞬だけ視線を走らせ、クレソンは放りだしっぱなしになっているテントをしげしげと眺める。
鉄の棒は本体の四隅と結び付けられていて、棒を地面に突き刺してテントの形になるらしい。
「――って訳だからさ――」
まだ何か言っている声を聞き流しながら、クレソンはテントを設置するだろう辺りの小石を除け始めた。