その4
翌日。
久しぶりの寝坊を楽しんだルッコラとクレソンは、ミールから臨時パーティの仲間を紹介され、共に早めの昼食を摂っている。
ここで少し打ち合わせをしてから出発するらしい。
詳しい話はクレソンが聞くからと、ルッコラはふんわり卵がのったオムライスを味わうのに専念している。
宿の女将が運んできた時に目の前で割り広げられた卵焼きは、中からトロリと固まり切っていない部分が溢れ出す。
「うわ、旨そ。」
ルッコラの正面に座ったディオンスが、ふわりと漂う匂いに鼻をヒクつかせ、ゴクリと唾を呑む。
「そんなに見てたら、ルッコラちゃんが食べづらいんじゃない?」
「あ、そっか。わりぃわりぃ!」
「んーん。へーき♪」
ジャニーがディオンスをたしなめたものの、謝りつつも彼の視線はオムライスから離れない。
小声で、「猪カツ丼じゃなくこっちにすれば……」と呟いているのも聞こえてきたが、ルッコラは逸れには頓着せずに自らの口にスプーンに掬い取ったオムライスを運ぶ。
隣の芝生は青く見えるとよく言うが、ルッコラは他人の食事は旨そうに見えるの間違いだと常々そう思っていた。
何せ里では、弟妹達がルッコラやクレソンの食べている物を羨ましがるのなんていつもの事だったのだ。
本人達も同じものを与えられているのに。
――実際、人が食べてるモノって美味しそうに見えるよね。
ディオンスの元に運ばれてきた猪カツ丼の蓋がとられた瞬間、ふわりと広がる食欲をそそる匂いにルッコラの鼻も、思わずヒクついてしまうのだから間違いない。
そして、そういう時にはいつもルッコラは相手にこう言うのだ。
「ねーねー?」
「うん?」
「一口づつ、交換こしない?」
「お、いいね。」
「ええ~! それなら、私の白身魚フライも一口あげる!」
こうすれば、他の料理も楽しめる挙句にグッと交換した相手との距離が縮まる。
互いの料理を摘まみあいながら、和気藹々と会話を楽しみ始めたルッコラを横目に、クレソンは敵わないなと苦笑を浮かべた。
――アレを、素でやっちゃうのがすごいんだよね。
もう、アレは本能的なものなのだろう。
クレソンからすると、下心がある者が同じことを提案したのなら警戒心を抱かれかねないだろうし、逆に相手に下心がある場合には厄介ごとの種にしかならない事だと思うのに、ルッコラは提案する相手を間違った事がない。
クレソンが同じ事をしようとしてもまず上手くいかないから、ソレに関して彼は常々、彼女の事が羨ましく感じていた。
「ディオンスとジャニーは気さくな奴らだが、馴染むのが早いな。」
「ルーはいつもそうなんで。」
感心したようなセージの呟きに、クレソンは肩がすくめると相手からは暖かな笑みが返ってくる。
一瞬、心の内を見透かされたような気分がして身構えるクレソンから彼は何気なく視線を逸らすと、かけそばを口に運び静かにすすり込む。
「……話の続きをしようか。同行中は、臨時とは言え君たちも私たちのパーティの一員だから、野営の準備や見張り番などの義務が生じるのと同時に、パーティ内での共有物を使用する権利も得られる。」
「共有物、ですか?」
「野営用の器材……テントや寝袋の他にも色々あるな。」
そう前置きをして、挙げられていくものの種類は思いのほか多く、クレソンは驚いて目を瞬く。
「それ、全部持ち運ぶんですか?」
「ああ。今は小型化するやつを持ってるからあまり嵩張りはしないんだが……。」
「残念なことに、重量は変わらないのよね。」
「まぁ、小さくなるだけでも有難い。軽量化までされてると値段が跳ね上がるから。」
「……ソレも、魔飾っていうヤツですか?」
思わず知らず、クレソンの二つの尻尾がユラユラと楽し気に揺れる。
クレソン達の育った里に魔飾がなかった訳ではないが、高価なソレを子供が使わせてもらう事は殆どなかった。
だから、魔飾と言うモノにクレソンは興味津々だ。
セージはそんな彼の様子に、短い期間でも良い関係を気付けそうだと目を細めた。