その3
ところで、ハンターギルドと言うのは、陸人の『文化』の一種だ。
だから陸人の村や町にしか存在しない。
森人の里では、暮らしていくのに必要なだけの森の恵みを、毎日みんなで分担して採集したり狩りをして入手して生活をしている。
誰かが狩った魔獣は、里全体のモノであり個人のモノではないのだ。
もちろん不公平にならないように、苦労して狩った本人の取り分が多い。
生活用品などは、里で手に入らない物は他の里と主に物々交換で遣り取りしてる。
その為、ヴァーヴ・ヴィリエにやって来るまで、ルッコラもクレソンも『お金』と言うモノを見た事がなかった。
存在自体は知識として知ってはいるし、陸人達は『お金』とモノを交換するという事も理解はしている。
里長や、陸人の町に買い出しに行く大人なんかは持っているらしいのだが、里にいる間はルッコラみたいな子供がおいそれと手にできるモノじゃなかった。
だからこそ、彼女達が里を出ると決まった時には陸人の村でお金にできるようにと、みんなは里の近くで採れる貴重なモノを色々と持たせてくれたのだ。
そのお陰で、初日からきちんと宿に泊まる事もでき、ルッコラもクレソンも、里の仲間達には深い感謝の念を覚えている。
だから帰る時には、沢山のお土産話と珍しい品物を持っていくと決めているのだ。
宿の入り口は、三段ほどの階段がある。
猫車を押したままは入れないから、ルッコラはクレソンを荷物番に残してギルドの受付に向かう。
ハンターギルドの受付は、宿の中にあるのだ。
宿泊施設とくっついているなんて便利だな、と彼女は狩りを終えてここに戻るたびに思う。
一日森を彷徨って狩りをして、ギルドで換金したらすぐに布団に飛び込むことも出来るなんて素敵すぎる。
実際には、汗を流してからじゃないとクレソンに怒られるから出来ない事なのだけど。
受付に向かうのにあたって、当たり前だけれど手ぶらでなんて入らない。
猫車には四つも木箱が載っているのだ。
ギルドのカウンターまで取り敢えず一つ持って行って、残りの三つにも一杯に成果が詰まっていると伝えれば、きっと受付のミールが中に一緒に運ぶのを手伝ってくれるはずだとルッコラは確信している。
「おかえりなさい。」
「ただいま~!」
「今日の成果はいかが?」
「上々! 貸してもらった木箱、ぜーんぶに一杯入ってる♪」
「あらあら。それじゃ、運ぶの手伝うわね。」
カウンターに重量感のある音を立てて木箱を置くと、彼女は目を丸くしてからふんわりと笑って手伝いを申し出た。
「ほんと?! ありがと~! おねーさん、優しくって大好き!」
「あらあら。安い『好き』ねぇ。」
ルッコラの思った通りだ。
嬉しくなって感謝の言葉と笑顔にお世辞を乗せると、柔らかな苦笑が返ってくる。
喜ぶかと思ったのに、少し失敗したらしい。
――そうか。
繋げて言ったのが不味かったのかも。
苦笑を浮かべながらも、どこか嬉しそうに「大好きかぁ」と呟くミールの姿に、まるでダメな方向でもないらしいと、次回の対策を考える。
こういう積み重ねは大事なはずだ。
きっとそうにちがいない。
「ところでルッコラちゃん達は、臨時パーティを組んでみる気はないかしら?」
「臨時?」
「パーティー?」
ふと思い出したとばかりにミールが、「そうそう」と前置きをして思わぬ提案をしてきて、ルッコラとクレソンは首を傾げつつその提案をオウム返しに問い返す。
「そう、臨時パーティ。」
「それって、もしかして朝の依頼と関係ありますか?」
「朝の依頼って?」
繰り返される言葉に、クレソンは合点がいったらしい。
彼の問いに返ってきたのは、嬉し気な笑みだ。
ルッコラは、採集依頼の細かい話は気にしないから、何の話かとクレソンの袖を引いていつも通りに問いかける。
「山の麓の方までいかないと採れない物の採集依頼の話があったんだけど……。」
「二人じゃ無理だよね?」
「うん。だから断った。」
返ってきたのは、ルッコラでも難しいという事が判る内容だ。
念のため、どう返事をしたのかと首をかしげてクレソンを見つめると、思った通りの答えが返ってくる。
一度断られた上で、改めて打診してきた理由を問おうとミールに視線を向けると、彼女は安心させるような微笑みを浮かべて説明を始めた。
「丁度、明日からそっちに向かうパーティが居るんだけど、貴方達の同意が得られるなら臨時にパーティを組んでもいいと言ってくれてるの。」
「……それは、どういった条件で?」
話を聞く姿勢を見せるクレソンに笑みを深めるミールを見ながら、ルッコラは二人の話を聞き流しつつ、自分達だけでは向かう事が出来ない場所での採集依頼を、多分、彼が請けるだろうと確信する。
なにせ、この辺りで採れるものは自分たちが住んでいた辺りと大して変わらないのだ。
良く知る物だけでなく、目新しいものを採集する機会を逃すとは思えない。
珍しいものが好きなのはルッコラだけではないのだから。