その7
翌朝、チコリは呑み過ぎで痛む頭を押さえつつ宿の階段を降りていた。
元々あまり強い方でもないのに、ついつい飲み過ぎてしまったらしい。
食堂に近づくと、食べ物の匂いが胃を刺激する。
嫌な方向性で。
思わず込み上げてきた酸っぱいものを無理矢理飲み下し、裏口から慌てて外に出る。
「ふぉおぉう……」
朝の日の眩しさに、おかしな声が彼女の口から漏れた。
その代わりと言ってはナンだが、一瞬だけでも気分の悪さを忘れる事ができたものの、ソレはすぐに復活してしまい、大慌てで彼女は厠に飛び込んだ。
やっと人心地のついたチコリが、食堂に戻ってきたのは30分後。
彼女が厠に籠っている間に、他に宿泊していたらしい人間は食事を終えて出掛けてしまったらしく、奥の厨房で物音がする他に物音はない。
多少は落ち着いたものの、まだ食事を取る気になれず、席に着くのを躊躇う彼女の前にスッと温かい飲み物の入ったマグカップが差し出された。
「はい、どうぞ。昨日は呑み過ぎてしまいましたね。」
驚きに目を瞠りつつ、カップをもつほっそりとした白い手の持ち主に視線をやると、そこには昨晩、一緒に杯を交わした明るい緑の髪の少女ミールの姿。
「……ありがとう。」
「どういたしまして。この辺りでは、呑み過ぎた日の朝にはこれを飲むんです。」
渡されたカップの中の液体からは、嗅ぎなれない清涼感のある香りが湯気と一緒に立ち上ってくる。
確かにこれなら、今の自分にも問題なく飲めそうだと思い口を付けてみると、爽やかな香りと共に口の中に仄かな甘みが広がった。
悪くない。
むしろ、チコリにとってはとても好ましい味で、彼女はふぅふぅと息を吹きかけてソレを冷ましながらあっという間に飲み干してしまう。
「……美味しかった。」
「この辺りでしか採れないハーブで淹れたお茶なんですよ。」
「道理で。」
少し、残念な気分で空になったカップを眺めていると、クスクスと笑いながらミールが御替わりを注いでくれる。
2杯目を飲み終わる頃には、今にも反乱をおこしそうだった胃も落ち着いて、食事ができる状態にまで回復していて、声高に空腹を訴え出したので、チコリはまた赤くなって周囲に目をやってしまった。
朝食時をとっくに過ぎている食堂には、やはり、自分の他にはミールしかいなかったのだけれども。
「それじゃ、お兄さまからお食事を貰って来ますね。」
チコリを席に着かせた彼女がそう言い置いて、厨房に消えていくのを見ながらふと、首を傾げる。
ミールは、この宿の主の血縁か何かなんだろうか?
それにしては似ていないなと、赤毛の女主人と厨房に立つ茶髪の料理人を思い浮かべる。
ミールの髪は明るい緑で、2人のどちらとも違っている。
まぁ、小さい村だし。
子供は村全体で育てていて、どこの家の子という垣根がないだけかな。
食事を運んでくるミールを見るとはなしに眺めながら、ふと、ハンターギルドのカウンターのシャッターが閉まったままである事に気が付き、目を丸くする。
確か昨日、女主人は『明日』ならハンターギルドの受付が開いている様な事を言っていた筈なのに。
そんな彼女の疑問も、美味しそうな匂いを漂わせる朝食が運ばれてくるとあっという間に霧散してしまった。
まぁ、食べ終わってから聞けばいいか。
チコリはいそいそと、運ばれてきた川魚の塩焼きとお味噌汁とほかほかご飯に手を合わせて、早速食事に取り掛かった。
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