その28
商談が成立すると、ミールは早速作業に取り掛かる為に、夕刻に商品を取りに来るようにと言い含めて彼らを店の外に送り出す。
今日は、陽の光を集めて作る魔飾だ。
陽の出ている今の時間帯を無駄にするのは馬鹿らしい。
「さて、でもその前に……。」
彼女は踵を返すと居間へと向かう。
きっとそこで、アニスが来客時の失態に落ち込んでいるに違いない。
ミールが今の扉をくぐると、案の定アニスは炊事場にしゃがみこんで動かなくなっている姿。
微かに背中が震えてるところ見ると、泣いている様だ。
予想以上の落ち込みっぷりだ。
ミールが、わざと小さめの音を立てて居間の扉を閉めると、アニスの肩がピクンと跳ね上がる。
「アニスさん?」
「ふぇ……」
「ごめんなさい。昨日来た方だけで来るだろうと思ってたとは言え、一人で接客するようにお願いしてしまって。」
自分の情けなさに泣いてしまっていたらしく、隣にしゃがみこんでそう謝罪するミールの方に向けられたアニスの目は、既に赤くなってしまっていた。
よしよし、と背中を撫でるとみるみるうちに、その両目に大粒の涙が浮かび上がり滑らかな頬を伝い落ちていく。
「ごべ……ごべんだ……ざい~。わだ……じ……」
「大丈夫よ。怒ってないし、アニスさんが悪いわけじゃないんだから。むしろ、無理させる形になって私の方こそごめんなさい。」
「うぅ~……! みぃるぅうううう~!!!」
泣きながら必死に謝ろうとするアニスに、落ち着いた声で再び謝罪の言葉を口にすると、彼女はミールに取りすがって泣き出した。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
アニスが落ち着くと、ミールは彼女を伴って工房へと戻る。
工房は、天窓から十分な陽の光が降り注いでおり、彼女はそれを見て満足げに頷くと、魔飾を作る準備を始めながら、アニスにこれから作る物の説明を行う。
大分、気持ちの落ち着いてきているアニスはその説明に興味津々で聞き入った。
「今日は、陽の光を輝石に封じて魔飾を作るのよ。」
「お日様の光?」
「そう。だから、いつもとはだいぶ雰囲気が違うわよ?」
時間帯と言うのも、魔飾を作るのにあたって重要な要素だ。
夜は主に精神に作用するモノを、昼は肉体に作用するモノを作るのに適している。
今回も本当ならば、太陽が中天にかかる時間帯が最も効果の高いモノを作る事が出来るが、少し陽の光を集めるのに時間を掛ければ問題ない。
ミールは今回作る魔飾にいつも使っている輝石の瓶を取り出し、魔飾棒でクルリとかき混ぜ必要数を取り分ける。
「同じものが四つですの?」
「そう。あの方達、明日から向かう狩りを最後にパーティを解散するの。それで、解散前に記念になるものを作りたいって言うご依頼だったのよ。」
「……それで、大人数でいらしたの?」
「自分で作ってると忘れがちなんだけど……。魔飾って高い買い物なのよねぇ……。」
いつでもいくらでも作れると思っているから、それが一般的には高価なものだと言うのをついつい忘れてしまう、とミールはぼやく。
ミールの金銭感覚がおかしいのは、それだけが原因でもないのだが……。
「さて、始めるわね。」
そう宣言すると、ミールは楽し気な歌声を口ずさみ始める。
最初は微かに、段々と力強く。
少しテンポの早いリズミカルな調べに、アニスはなんだか心が浮き立つものを感じ、知らぬ間にその口元が笑みを形作り始める。
四等分に分けた素材がふわりと宙に舞い上がり、その周囲を暖かいオレンジ色の光がクルクルと踊り始めると、光の跳ねるのに合わせてアニスの肩も少しづつ上下した。
ミールは楽し気な彼女の様子に目を細めると、順繰りに魔飾棒を振るい輝石の中へと光を封じていく。
アニスも最後の方には、次にどんな動きをするのか心得てきて、ミールの歌声に合わせてハミングしながら何も持っていない手を、あたかも魔飾棒を操るかのように彼女と同じように振るう。
ピッタリとタイミングがあった時には、嬉し気にはにかんだ笑みを浮かべる。
――意外。
アニスさんって、ノリのいい歌の方が好きなのね。
楽しそうな笑顔を浮かべる彼女を見ながら、ミールは最後の仕上げに取り掛かった。