その23
アニスの用意していたお昼ご飯は、トウモロコシがたっぷり入ったクリームスープスパゲッティだった。
今日は丁度、少し肌寒いから温かいメニューはとても有り難い。
ふんわりと上がる湯気を吸いこむと、胸の中にトウモロコシの甘い香りが広がる。
幸せの匂いだ。
「んー♪ いいにおい……。」
「ミールは本当に、食べるのが好きですよね。」
幸せそうにその香りを胸いっぱいに吸い込むミールの姿に、チコリの口から小さく笑い声があがる。
チコリは昨日狩りに行ったため、今日は休養日だとかで昨日の夕食を食べた後そのままこの家に泊まっており、午前中はアニスとのんびりしていたらしい。
ちょっぴり、その仲間に入りたかったな、と、ミールはその話に耳を傾けながら羨ましく思う。
キレイどころ二人に囲まれて過ごすなんて、夢のような時間なのに、と。
全員分のパスタとサラダが配膳されたら、早速実食タイムだ。
「美味し……。」
クルクルと麺をフォークに絡めとり、口に含むと程よい塩気と甘さが広がる。
トウモロコシがたくさん入っているせいで少し甘みが強くなっているところをコショウがピリッと引き締めているのがなんともいい塩梅だ。
「アニスさんの作るご飯はやっぱり美味しいですね。」
「そういっていただけると、作った甲斐がありますの。」
幸せそうに頬を緩めながら黙々と食べ続けるミールを見て、アニスとチコリの二人は、随分とこのパスタ料理が彼女の嗜好に合ったらしいと目配せを交わしあう。
一緒に食卓を囲むようになって分かったことだが、ミールは好みにドンピシャな食事が出ると途端に無口になってしまうのだ。
この状態になると、皿が空になるまでは食事に夢中で話しかけてもまともな返答が返ってこない事を二人は学習済みであった。
「ご馳走様でした。」
スープを最後の一滴まで飲みつくすと、ミールは満足のため息を吐きながらスプーンを置き、食後の挨拶を口にする。
「とっても美味しかったわ……。」
うっとりと頬に手をあて、食べ終えたばかりの食事の味を反芻していると、すぐに食後のお茶が目の前に置かれた。
「喜んでもらえて良かったですの。」
「アニスさんは本当にお料理が上手ねぇ……。」
「家事の腕は、もういつお嫁に行っても大丈夫そうですよね。」
ミールの言葉にチコリが同意しつつ、料理以外にも太鼓判を押す。
実際、魔飾で掃除や洗濯を行っていた時と、彼女が手ずから行ったのとは大して遜色がないのだから、その腕前のほどが伺えようというものだ。
「そんなに褒めても、大したものは出ませんの。」
そう言いながらも、アニスは嬉しそうにメレンゲクッキーの載った皿を二人の前に運んできた。
「十分大したものですけどね……。」
「ほんと。これだって随分と手間がかかるものでしょう?」
「手間がかかるものって、美味しいんですよねぇ……。」
女子力皆無な二人組は、謙遜の言葉と共に用意されたクッキーを早速つまみながらささやきかわす。
昼食で既に、結構な量を食べているのだが、女の胃袋は甘いものを見るとすぐに空きができるのだ。
そして美味しいに違いない甘味を摂る事に、二人とも忌避感はない。
何と幸せな時間である事かという充足感があるだけだ。
暫くの間、ほんわかとした和やかな空気が流れる。
が、それもミールが午後の接客を再度アニスに依頼するまでの事だった。
「そうそう。今日の午後からのお茶出しとご案内の件、改めてお願いね、アニスさん。」
「ぴう?!」
幸せそうにちまちまとメレンゲクッキーを齧っていたアニスは、ミールの言葉に奇声を発して手からクッキーを取り落とす。
すっかり午後から来客がある事と、その相手をしなくてはいけない事を忘れていたらしい。
パッと、助けを求めるようにチコリへと向けられた目には、涙が一杯だ。
チコリは昨日の晩にその話を聞いた時から、アニスが一人で応対するのは無理だろうと思っていたのだが、やっぱり無理そうだなとその姿を見て確信する。
少し差し出口かと思いながらも、彼女は口をはさんでみることにした。
「やっぱり、いきなり独りでって言うのは少しハードルが高いんじゃないですか?」
「……とはいえ、こういう機会ってなかなかないのよねぇ……。」
昨日の「お茶のご用意、頑張らせていただきますの!」という決意はどこへやら。
一晩経つ間になにやら妄想でも拗らせてしまったのか、頑張るどころではなさそうなアニスの表情にミールも困惑気味だ。
困り顔で首をかしげるミールに、チコリはアニスがお茶入れをする直前までの間、自分が普通の客のふりをして同席することを提案した。




