その21
「ところで……」
一旦、商談がまとまったところでミールがセージに切り出すのは、彼らの今回向かう方向で調達可能な品物の採集依頼に関してである。
こういった、目的外ではあるものの狩猟対象が出没する範囲に近い場所での採集依頼は割とよくある話であり、セージはまたそう言った話だろうと鷹揚に話を聞く姿勢を見せた。
ハンターギルドの受付初心者(経歴半年程度)であるミールとしては、大変助かる商談相手だ。
「今回、セージさんのパーティが狩りに向かう地域で達成可能な依頼がコレだけあるのですが……」
そう言って、ミールが並べた依頼は九件。
自らの目の前に置かれた依頼書の一つ一つを、セージは手に取り丁寧に確認していく。
その様子を見ながら、ミールは初めての交渉相手が彼であった幸運を神に感謝したい気分になる。
こういった依頼を見せられる事にすら嫌悪感を見せるハンターも、一定数いるらしいという話を祖父から聞いていたからだ。
特に、ミールのように年若い娘相手だと強気に出る相手も結構多いらしい。
彼は、目の前に提示された依頼書のうち四枚を手元に置き、残りのモノは『達成条件未達成案件』として返却してくる。
返却されたものはどれも、採集に際してある程度の熟練が必要とされる植物に関するモノばかりだ。
それを確認して、しょんぼりと意気消沈したミールは思わず呟く。
「……質の見極めを出来る人がいらっしゃらないんですねぇ……。」
「ああ……。武闘派ばかりなものだから……。」
斥候をできる者がいる時点で、純粋な武闘派と言うのは憚られるのかもしれないが、採集関連に関しては全くと言っていいほど知識の無いパーティだと思い知っているセージは、少し申し訳なさそうにそう返答する。
「うーん……。」
ミールとしても、彼のパーティが採集系の作業向きでないのは、パーティの編成を見た時点で分かっていたのだが、本部から『最優先』として依頼を送られているものだからと、一応は少し食い下がってみる。
「例えば、ですけど……」
「他のパーティと合同で、となると少し難しいかと。」
その試みは、しかし即座にセージからやんわりと断られてしまう。
「……ですよねぇ……。」
「今回の狩りの目的を考えると難しいのですが……」
ガックリと肩を落とすミールに勿体ぶった笑みを浮かべ、彼が留保条件を持ち出したことによって、ミールはこれがセージの作戦だったのだと気が付くが、既に後の祭りだ。
――流石、この道十年のベテラン。
一筋縄ではいかないわね……。
まだまだ新人の域を出ない自分には荷の重い相手だったと思い知りながら、ミールは彼の出す条件を確認することにした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
最終的に、セージの出してきた条件はハンターギルドとしては大いに有難い条件であり、ミールはホッとして肩の力を抜く。
彼が提示してきた条件は三つ。
その1 新人ハンター指導の報酬をハンターギルドから支払ってもらう事。
その2 当該の新人ハンターへの依頼は、別途ハンターギルドからする事。
その3 該当の新人ハンターは、その依頼に限りパーティメンバーとする事。
だけだったのだ。
この条件ならば、セージのパーティは新人指導の報酬を貰った上で、新人ハンター達がその依頼中に達成した依頼の分け前を受けることができる。
そして新人ハンターとしては、自分たちだけでは達成不可能な依頼に挑戦しつつ、先輩ハンターによる実践的な指導を受けることができるという形だ。
実際問題としては新人ハンター側は、少し損をした気分になる事は請け合いだが、長い目で見るのなら悪い話ではない。
なにせ、熟練者の経験を実地で体験させてもらうことができるのだ。
『百聞は一見に如かず』ということわざがあるが、それを体験することができるいい機会であり、そういったチャンスに巡り合う者はなかなかいない。
むしろ、セージたちのパーティの方がはした金で経験を売る状態だ。
この条件で請けることにしてくれたのも、もうすぐ彼らのパーティが解散予定だからだろうと、少し内情を聞いていたミールは納得する。
「それでは、夕刻には先方のパーティからの返答をお伝えさせていただきます。」
「了解いたしました。」
穏やかに微笑んで去っていく彼を見送り、ミールは先方のパーティの事をどうやって説得しようかと思いを巡らす。
とはいえ、彼女はルッコラ達がこの話を受けるであろうという事は疑っていない。
なにせその調達依頼は、今まで彼女らが請けてきたモノと比べて段違いに報酬金額が高い。
例え、その依頼に限りパーティメンバーが増えたとしても、だ。
――とりあえず今まで見た感じだと、報酬を見ればルッコラちゃんの方は飛びついてきそうよね。
その場面を想像すると、ミールの顔には思わず笑みが浮かぶ。
きっと、キラキラと期待に輝いた瞳でミールの事を見上げるのに違いない。