その19
今日も朝早くから、採集に出かける為に猫人族の二人組はハンターギルドの受付で、今日は何を採るのがいいのかと額を突き合わせて相談している。
ミールは、他の町から送られてきた依頼表から、彼らの力量に合わせたものを選び、その前に並べていく。
この村の人間は、近辺にある物なら大概自分で調達してしまうから、ギルドに調達依頼をしてくることはあまりない。
その為、今回のように採集が得意な新人が登録してきた場合は、他の町から依頼を回してもらうのだ。
ちなみにそういったやり取りをする際には、王都にあるハンターギルド本部と繋がっている転送ボックスを使う。
簡単な書類の類を遣り取りするための転送ボックスは、各ギルド支部に必ず設置されており、そこに送られてきた情報を元にギルドの維持管理が為されているのだ。
「……あら。」
リストの中に自分好みの依頼を発見して、ミールは思わず声を上げてしまう。
その声に、訝し気な表情で見上げてくる二対の瞳に、ひらひらと手を振りながら苦笑を浮かべる。
「森林ワインの実の調達なんて依頼があったから、つい、ね。」
「ああ~……。」
「確かに、そろそろ早生の実が収穫できますね。」
森林ワインと言うのは、森深くに自生している木の事だ。
その果汁は名前から想像できる通り、上質なワインによく似た味がする。
むしろ、ワインの方がこの森林ワインを真似て作られたと言われる程に美味しい酒なのだ。
夏の間に咲いた花が散り、秋が深まってくると森林ワインの樹になった実が成熟をはじめる。
一番美味しくなるのは実が成熟しきった冬直前。
酒精も程よく、酸味と渋みのバランスが素晴らしい酒になるのだ。
もちろんミールも飲んだことがあるが、少し値段が張るので毎日飲めるような代物ではない。
森林ワインの木から秋の初めに採れる実は、酒精が少なく軽い飲み口で女性も気軽に飲める上、『季節の味』だと珍重される。
元々、高価な部類に入る挙句に早生の実ともなるとまた買取値が上がるから、一見、早くお金を貯めたがっている猫人族の二人組にはうってつけな仕事に見えるが、これは難しい。
ヴァーヴ・ヴィリエから日帰りできる範囲に森林ワインの木がないのもそうだが、その実を求めてやって来るのは人間だけではないのだ。
ワインの実を求めてやってくる魔獣の代表は酔いどれベアと呼ばれる、酒好きの熊である。
各季節に生る酒精を求めて徘徊するこの熊と出くわす可能性が高いこの依頼は、この二人では流石に荷が重い。
ミールはクレソンと視線を交わすと、二人同時に『これはだめだ』と首を横に振る。
互いの認識が同じだという事が確認できたミールは、この依頼書に書かれた金額に気付いたらうるさくなりそうなルッコラに見つかる前に、その依頼書を取り下げておく。
最終的に二人は、採集依頼を四件と食肉調達依頼を請ける事にする。
「ところで、転送袋をお借りするのは難しそうなので、代わりに今よりも量を運べる台車のようなものを借りることはできますか?」
「台車……。」
「台車より、箱が載せられるような猫車の方が理想的。」
「ああ、猫車の方が森の中でも小回りが利くわね。」
確か、木工職人のところにそんな感じのがあったはずだと、ミールはその場に二人を残して猫車を借りに走る。
幸い、すぐに使う予定がないからと木工職人は快く猫車を貸し出してくれた。
更に無料で貸し出すと申し出てくれたのには、ハンターが使う為、何らかの事故で破損等があるかもしれないからと丁重に断り、貸出料をその場で決めてもらう。
一日500フィリスのレンタル料ならば安いものだろうと思いながらギルドに戻ると、既に宿の玄関先で待ち構えている二人の姿が見えてくる。
「むぅ~……。」
ミールの持ってきた猫車を不満げな声を上げながら眺めまわしたルッコラは、しょんぼりと肩を落とす。
「これなら、いつもの三倍は運べそうだね。」
「そうだけどぉ……。」
猫車に載せられた蓋つきの木箱を確認すると、クレソンは満足そうに頷いてルッコラの背中をつつく。
彼女はまだ、何やら不満そうな顔で唸っている。
「たくさん運べるかもしれないけど、やっぱりカッコ悪いよぉ~!」
「たくさん運べれば、その分早くお金が貯まるから我慢しなよ。」
尚もブーブー文句を口にする姉をせっつくと、クレソンはミールにお礼の言葉を告げて今日も元気に採集へと出かけて行く二人を見送り、ふと、首を傾げた。
「……そういえば、なんで突然猫車???」




