その18
「流石お兄様ですの……!」
アツアツのシーフードドリアを一口食べた、アニスの第一声がコレだった。
ハフホフと口の中から熱を逃がしながら、頬に手を当て幸せそうな笑みを浮かべる。
「なんだか、今まで食べた事のあるドリアと違って、独特の香りがしますのね。」
「ああ、海産物ってそうかも。」
「確かに、お兄様のところで食べた海藻のお味噌汁もこんな感じの香りがしましたわね。」
アニスだけでなく、チコリも嬉しそうに頬を緩めるのをミールはニコニコしながら眺めながら、ヒョウタン酒を口に含む。
コメ酒によく似た味わいの酒で、酒ヒョウタンという植物の実で、森の奥深くに行かないと手に入らない、ちょっぴり高価なお酒でもある。
一口にヒョウタン酒と言っても、いろいろな種類がありミールのお気に入りは『ハッカイ』。
しつこさがなく旨味を強く感じて、いくら飲んでも飲み飽きないというのが彼女のこの酒に対する評価である。
「このヒョウタン美味しいですね。」
「お気に入りなのよ。」
「美味しい……。」
チコリも気に入ったらしい。
彼女の称賛の言葉にミールは笑顔で応え、空いた盃に追加を注ぐ。
チコリがミールの盃を満たす横で、アニスも幸せそうな笑みを浮かべ、チビチビと杯を傾けながらのんびりと味わう。
「そういえば、お昼はごめんなさい。」
ミールがドリアを完食したところで、アニスが申し訳なさげに頭を下げる。
「ああ……。大丈夫よ。」
一瞬、何の事だろうと考えこんだのは、酒が回りすぎていたからではなくて、シーフードドリアに対する称賛の思いで頭の中が一杯だったからだ。
昼間、魔道具を発動させる為の魔力操作に夢中になっていたせいで、食事を作るのを忘れてしまったことを指しているのだと気が付いて安心させるために微笑みかけると、より深く頭を下げられてしまった。
「じゃあ、明日からは全部の家事が終わってからのお楽しみにしてね?」
「……! はい!」
実はアニスが来るまでの間ミールは、掃除にしろ洗濯にしろ家に設置した魔飾でいつも簡単に済ませていた。
せっかく便利な道具があるんだから、それらを使って貰えば問題はない。
そうやって空けた時間に、ミールは魔飾を作っていた訳だから、アニスがわざわざ自分の手を使って家事をこなさなくても構わないし、むしろ空いた時間に楽しめる趣味があるなら大いにやってくれと言いたいところだ。
だが、それでは彼女の為にならないという高祖父の強い訴えで、この家に滞在する間は『花嫁修業の一環』という事にして、家事の一切を魔飾に頼らずにアニスが行う事になっている。
ミールの独断で、『家事をやらなくてもいい』なんて事にして後でバレたら、アニスは即座にお山に連れ帰られてしまうかもしれない。
それに家事が終わってしまうと、アニスはミールが帰ってくるまで特にやることもなくボンヤリしている事が多いから、彼女が夢中になれる玩具が手に入ったのだからそれで遊ぶ時間をとっても問題ないだろうというのがミールの判断だった。
今日、お昼ご飯の用意をさぼってしまったことで、アニスはお山に帰るように言われることを恐れていたのだが、ミールとしては彼女を手放すつもりはない。
むしろ、彼女がより一層お山に帰りたくなくなるように、自作のおもちゃをもっと作ろうと内心で思っている位のものである。
「また、新しいの作っておくわね。」
「本当ですの?!」
ミールのその言葉に、アニスは席を立ち彼女の後ろに回り込むと、その首にしがみつき満面の笑顔で「ミール、大好き!」と喜びの声を上げた。
思わずだらしない笑顔になりかけたところを、チコリに苦笑されてしまいミールは頬を赤らめつつ、話を逸らそうと明日の予定について話し始める。
「そういえば明日の事なんだけど……」
「明日?」
「そう、明日。午後からになると思うんだけど、今日来た女性がお店の方に来ると思うからお茶の用意をお願い。」
アニスがその言葉を聞くと、その表情はみるみる暗くなっていく。
少しずつ彼女の人見知りもなんとかしなくてはいけないのだからと、心の中で言い訳をしながらチコリと二人で見守る中、きゅっと唇を噛み締めて俯いたアニスは、決意を込めて顔を上げる。
「わ、わかりましたの。お茶のご用意、頑張らせていただきますの!」
小さな手をギュッと握りしめ、必死な様子でそう決意表明をする姿に、ミールは思わず口元を――もとい、鼻を抑える。
――ああ。
これは、アニスさん一人で接待しているところを陰から見守らないと……!
鼻血でも吹き出しそうな様子のミールに生暖かい目を向けたチコリは、アニスにこっそり何かをささやきかける。
アニスはチコリに感謝の目を向け、その手をギュッと握ったのだが、脳内妄想に忙しいミールの目にその行動は映らなかった。