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ヴァーヴ・ヴィリエの魔飾師さん  作者: 霧聖羅
三話 オタク魔道士セージ
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その17

 ステビアに、魔道具作成の依頼を受けることが出来るようになったことを伝えると、その日のミールの仕事は終了だ。



――今日はずいぶんと働いたわねぇ。



 いつも、チコリ位しか相手にすることがないから仕事がないだけなのだが、それを棚に上げて、ミールは今日の自分は頑張ったと心の中で自画自賛する。

『ずいぶん働いた』のハードルの高さがやたらと低いのは見て見ぬふりだ。

とはいえ、彼女の場合ハンターギルドの受付と魔飾師の仕事を兼業しているから、家に帰ると魔飾師としての仕事が待っているのだが、あちらは半ば趣味も入っているため本人の中では仕事のうちに数えられていない。

受付のシャッターを閉め、伸びを一つすると厨房で調理に勤しむ大将に声をかけ、帰り支度に取り掛かる。


 最近、ミールはアニスと同居し始めたことによって宿の食堂で食事をする回数が減った。

回数が減ったと言っても、大好きなお酒を飲まなくなったわけではないのだが、家に帰ると美味しいご飯を作って同居人のアニスがソワソワしながら待っているのだ。

家で食べないわけがない。

まるで新婚夫婦のようだが、残念ながら二人とも女同士。

そういう関係になる事はあり得ない。

だからミールは毎晩、アニスの手料理を食べながら悔し涙を飲みこむのだ。

将来、アニスの手料理を毎日食べることができる幸せ者を想像して……。

アニスは、家事全般が大の得意で、ミールの胃袋もあっという間につかんでいるのである。




「遅くなっちゃったなぁ……。」


 大将に頼んでいた、まだ熱い籠の中から漂ってくる香りに鼻をヒクつかせながら夜道を急ぐ。

いつもなら、とっくの昔に家で呑み始めている時間である。

ミールはお腹から小さな催促の声が上がるのを、空いてる片手で抑え込む。

今日はチコリが、今日獲ってきた山鳥を持って先に家に行っているから、何かしらの鳥料理が食卓に並ぶはずだ。

遅くなったお詫びと、食卓のにぎやかしを兼ねてシーフードドリアを作ってもらった。

アニスはほとんど海産物を食べた事がないと言っていたから、喜んでくれるといいなと思い、ミールは頬を緩める。

それに、最近はだんだんと夜が冷えるようになってきたから、熱い食べ物はより一層美味しく食べられるだろう。



――そういえば、お昼の事を気に病んでなければいいんだけど……。



 ふと、お昼ご飯を食いっぱぐれたことを思い出した。

流石にチコリが訪ねて行った頃には、ミールが昔面白半分で作った難解な魔道具で遊ぶのも飽きているとは思うのだが……。

まぁ、万が一まだハマってたとしたら、今夜の夕飯がシーフードドリアのみになるだけの話だ。

肩に引っ掛けた酒の入った袋を担ぎ直すと、見えてきた家の明かりに向かって歩を進めた。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 工房の扉を開けると、奥の部屋から美味しそうな匂いが漂ってくる。

どうやら、魔道具(知恵の輪)遊びは終わっていたらしい。

その匂いを胸に吸い込み、ミールは今日の献立が何かと首を傾げた。


「これは、唐揚げと……何かの煮物かしら?」

「残念。チキンカツと里芋の煮っころがしですよ。」

「あら、美味しそう♪」


 無意識に口に出していたメニューは外れだったが、チキンカツもまた好物だ。

ミールは笑顔になりながら、荷物を受け取りに来てくれたチコリにドリアの入った籠を渡す。


「これは?」

「お兄様に、シーフードドリアを作ってもらったの。」

「……いつも思ってたんですけど、海産物を運ぶのにはここって随分と遠いですよね?」

「海産物の類は、転送袋で送ってもらうのよ。」

「成程、便利なものですね。」


 ヴァーヴ・ヴィリエは、海から遠い。

それなのに、結構な頻度で宿の食事には海の魚が出てくるのだ。

ずっと不思議に思っていたチコリは、その答えにあっさりと納得した。

転送袋は個人で入手するのには高額だが、ある程度の規模の商店などでは割と所有しているものだ。

村規模の店舗だとあまり所有していることはないが、有事の際に使うようにと村長の家で所有しているという事も結構あるという話を、チコリは聞いたことがあった。


「シーフードドリアを食べるのも久しぶりですね。」

「チコリさんも好物だった?」

「ええ。とは言え食べたのは王都にいた頃で、不調になる前に一度きりですけど。」


 チコリはそう言うと、淋しそうに笑みを浮かべて頬を掻く。

最近はソロで上々の狩りを行えているチコリだが、彼女の耳にある魔飾は相変わらず双葉のままである。

未だ、彼女はソロでなければまともな狩りが出来る状態でないのだが、たまに何かのきっかけで不調になる前の仲間達を思い出すと淋しそうな笑みを浮かべるのだ。

今回はシーフードドリアがトリガーになったらしい。



――中々、チコリさんの問題も根が深いわね。



 ふとした拍子に顔を出すチコリのトラウマ的な何かにため息を吐きかけたところで、今のドアが勢いよく開き、アニスが笑顔で帰宅を歓迎する声を上げるのを見て、ミールは思わず笑顔になる。



――天使!

我が家には今、天使がいるわ……!

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