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ヴァーヴ・ヴィリエの魔飾師さん  作者: 霧聖羅
三話 オタク魔道士セージ
52/82

その13

 クレソンは、ギルドの受付嬢(ミール)が口にした”ヒント”がピンと来ずに首をかしげている(ルッコラ)の姿にため息が出た。



――だから、ルーは一人で里を出るのを反対されるんだよ。



 口に出すと叩かれるので心の中でそう呟き、姉の名を呼ぶ。

既に今日の買取は終わっているし、姉がさっきから使用権を強請ろうとしている転送袋とやらが自分たちだけで借りることが難しいのは動かしがたい事の様である。

それならばこれ以上、受付嬢に絡む意味がない。

むしろ、サービスが過ぎるんじゃないかと受付嬢の視線の先に居る人物達を見る。

姉の目にも同じものが映っているはずなのに、何故、ピンとこないのかがクレソンには全く分からなかった。


「ルー。」

「あによぉ?」

「買取のお金も貰ったし、着替えてご飯にしよう?」

「……でも、転送袋……。」

「僕らじゃ借りられないんでしょう?」



――これは、もう一押しすれば何とかなると思っている顔だな……。



 クレソンは姉の不満気なふくれっ面を見てそう判断すると、その手を掴んで自らのほうへと引き寄せる。

少し強引ではあるけれど、ルッコラがこの状態になってしまった時にはこうするしかない。


「それより、折角先輩ハンターが居るんだから少し経験談とか聞いてみたい。」

「……もう。クーってば、わっがままぁ~!」


 なんだかんだで引っ込みがつかなくなっていたルッコラは、強引な弟に文句を口にしながらも、渋々という風を装ってカウンターを離れる。

本人も、引くに引けない状態になっていたらしく、顔は不機嫌そうに装いつつ、その尻尾は正直に機嫌よさげに揺らめいた。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




「もうあと一押しって感じなのになぁ~……。」


 クレソンがシャワーを浴びて出てくると、ルッコラの未練たらしい声が部屋に響く。

声の方へと首を巡らせると、濡れた髪のまま下着姿でベッドを転げまわってぶーたれている彼女の姿が目に映る。

姉弟であるクレソンしか居ないとはいえ、ちょっとお年頃の女の子としてははしたない姿だ。

クレソンは姉の髪を乾かしてやろうと、彼女を自らの膝の上にに座らせる。


「あれは無理だよ。」

「そーかなぁー?」

「うん。一瞬危なかったみたいだけど、持ち堪えちゃったからね。もう無理。」


 獣人族は、一度に二人~四人程度の子供を出産するのが一般的だ。

クレソンとルッコラも例外ではなく、ほとんど一緒にこの世界で産声を上げた。

ルッコラの方がちょっぴり先だったから、彼女の方がお姉ちゃんだ。

ただ、お姉ちゃんだからと言ってもほんの数十分程度の差だから、その成長度に大した違いはない。

むしろ、頭の中身は弟のクレソンの方が老成している位である。

もっとも、クレソン自身が直情型の姉に合わせる為に故意にそういう考え方をするように調整していったというのもあるのだが。

彼にとって、姉は何に代えても守ってやりたい相手なのだ。

だから、彼女が「世界中を旅して回りたい」と言い始めたとき、本人が学ぶ事がないであろう里の外の事を色々と調べ、語られない言葉を察する力を磨いてきた。

彼女がどうしても転送袋とやらを手に入れたいというのなら、なんとかしてそれを入手する方法を考えなければならないというのが、今、彼の頭を占めている悩み事だ。


 クレソンは、ルッコラの顎位の位置で切り揃えられたオレンジの髪から、タオルで丁寧に水分を拭き取り始める。

きちんとタオルで水分を拭き取っておけばあっという間に乾くいうのに、いつも濡れたまま放ったらしにして朝まで放置するものだから、翌日には寝癖やなんやらでぐちゃぐちゃになってしまう。

だから、彼女の髪の毛をきちんと梳かして乾かしてあげるのは小さい頃からずっと、弟のクレソンの仕事で、たとえ本人が自分でやりたいと言い出したとしてもこの仕事を差し出すつもりはない。

姉の世話をするのは、彼の生きがいの一つなのだ。


「それにね、あのお姉さんは『僕たち』が借りなくてもいい方法を提示してくれたから。」

「どういう事?」


 布団の上を転げまわったせいで絡みかけていた髪を優しく梳きながらそう告げると、ルッコラは目を丸くしながらクレソンの方へと顔を巡らせる。


「動かない。」

「あ、はーい!」


 自分の方へ向けられた顔を、グリンと頭を掴んで元の位置に戻す。

少しきつめの口調で告げられてしょげた様に、彼女の耳がペタンと頭に張り付く。


「最初の条件、覚えてる?」

「登録してから一年以上だっけ?」

「そう。」

「一年も待てないよー!」

「待つ必要ないよ?」

「どーゆーこと?」


 またしてもクレソンの方を見そうになったルッコラは、慌てて横を向きかけた顔を正面へ向けなおす。

代わりに、続きを催促するように自慢の尻尾が弟の太ももを打つ。


パーティ全員(・・・・・・)が登録してから一年以上経っている必要はないっていう事。」

「??」

「登録してから一年以上経っている人をパーティに入れるか、既にあるパーティに入れてもらえば借りることが出来るって言う事。」

「おお~!」


 ルッコラは弟の答えに、振り仰ぐように彼を見上げると目を輝かせた。


「それじゃ、早速適当な人を探さなきゃ!」

「うん。ギルドのお姉さん的にお薦めらしい人達に声をかけるから、ルーはいつも通りにしててね。」

「りょーかーい!」


 不満から一転してご機嫌になった姉の様子に、思わず笑い声が漏れてしまう。

ちょっぴり、それに対して不満げな声を上げつつも、希望が叶いそうな事ですっかり上機嫌になった彼女は嬉し気に尻尾の先をクルクル回す。

クレソンは彼女の身支度を整えると、自分の支度もさっさと済ませて食堂へと向かった。

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