その12
――あーあ。
あと一押しでイケそうだったのに、失敗しちゃった。
ルッコラは受付嬢の反応を見ながら、失敗しちゃった、と心の中で舌を出す。
実際にやってしまうと、せっかく余分に被ったネコが剥げてしまうから心の中だけで、だ。
ルッコラが転送袋をなんとかして早く借りることができないかと、受付嬢を誑し込む試みをしていたのはただ単に、早く資金を増やしてこの森から脱出したいというだけの理由である。
一度に沢山、採集したものを持ち込めれば早くお金が貯まるに違いないと、それだけしか考えていない。
実際には、一度に大量に同じモノを持ち込んだならその引き取り単価が大幅に下がることもあるのだが、その辺は経験しないと分からない部分でもあるから仕方がない部分ではある。
つまり、彼女には圧倒的に経験が足りていないのだ。
転送袋の件にしたって同じであり、それの貸し出しを受けるのに何が必要か等と言ったことには興味がなく、受付嬢が行った説明も彼女が理解したのは『自分が借りれるのは一年以上後の事』だという事くらいだ。
転送袋を借りたいという話にしたって、受付嬢はあんまりの熱心さとあざとい仕草にやられていて気付かなかったのだが、借りるために10万フィリス(金貨一枚相当)必要だと知ったら、その時点で『なら、要らないや』という程度の情熱でもあった。
このあたりの認識は、彼女が育った里には転送袋のようなものはなかった為、それの維持管理にかかる経費などを知らないからというのが大きい。
彼女の中では、転送袋というのは沢山のモノを放り込んだだけで目的地に送り込める不思議アイテムというだけの認識である。
ルッコラは、クレティエの森にあるルッセルの里で暮らしていた獣人族という種族だ。
寿命は短く、陸人の半分ほどだがその分成長が早い。
そして獣のものによく似た耳と、尻尾が生えているのも特徴だ。
また、森の中で暮らす事を好む為、森人達と共に暮らすことも多い。
彼女と弟のクレソンは、その中でも特に猫人族と呼ばれる種族で、身のこなしの軽さが一番の持ち味であり、本来はあまり魔法に堪能でない。
ただこれにも例外はあって、フタマタになった尻尾を持つ猫人族は魔法を使える。
とはいえ、最初からフタマタの尾をもって生まれるか、寿命を迎えるまでに何らかの要因で尻尾がフタマタになる事を祈るか、とまぁ、確実にフタマタになる方法はない。
ちなみに、ルッコラの双子の弟であるクレソンは、生まれつきフタマタの尻尾を持って生まれてきた。
双子なのに片方だけフタマタの尻尾だった為、彼は少しルッコラに対して後ろめたく思っていたらしい。
それに関して、ルッコラとしては別になんにも気にしていないのだが。
だって、弟がルッコラの持っていたものを無理やり奪い取ったわけではなく、生まれつきくっついていた尻尾の形がちょっと違っただけだし。
それに、ルッコラは自分のすんなりと伸びた、一本だけのオレンジ色の尻尾が大のお気に入りだ。
文句なんてある訳がない。
――ただ、弟が彼女に対して負い目を感じている事を有難く思う場面もよくあった。
直近で言うなら、里を出る時がそうだ。
ルッコラがいくら両親に交渉しても許可が出なかったのに、弟が同行すると口にした途端に許可が下りた。
ちょっぴり釈然としない気持ちはあるが、それはそれ。
揉める事なく旅に出られるんだから問題ない、と受け入れることにする。
やっぱり、何かあった時に帰ることのできる故郷があると安心できるから、出来る事なら穏便に旅に出たかったのだ。
そうはいっても、既に老齢に差し掛かっている両親が、後どれほど生きているかは分からない。
出来れば、彼等が元気なうちに旅をある程度満喫したうえで里帰りをする事が、今のルッコラの希望だ。
その為には、出来るだけ効率的に必要になるに違いない資金を手に入れたかった。
「まぁ……。転送袋を借りる手が、全くないわけじゃないんだけど……ね。」
「どんな手?!」
その言葉に、思わずルッコラはカウンターから身を乗り出す。
苦笑を浮かべた受付嬢の視線を追うと、そこには四人組のハンター達が盃を交わす姿がある。
――さっきこの人、なんて言ってたっけ?
そこに、きっとヒントがあるはずだ。
ルッコラは慌てて、さっき半分以上聞き流した内容を思い返し始めた。