その11
夕刻。
新人ハンターの二人組による本日の成果を確認しながら、ミールは内心舌を巻く。
|ヴァーヴ・ヴィリエ《この村⦆の近辺は、このところ常駐ハンターがいなかった事もあり、普段村人が多少の採取を行う程度。
その為、薬草や香草などの類は入手が容易であり、その分ギルドでの買取価格も安価だ。
ただ、それは質を選んでいなければの話。
彼ら……というよりは彼と言うべきか。
クレソンという水色の髪の少年は、ハンター登録時に魔法士兼採集家と名乗ったのは伊達ではないらしい。なにせ、買取リストにある植物の中でも価格の高いもののみ、しかも上質な物のみを選って採集してくるのだ。
買取価格が高いということは、すなわち採集が困難だという事。
自生している量自体が少ないものもあれば、見つけ辛いものもや危険な場所にしか生えていない物だって存在している。
ミールが知る限り、日帰りできる範囲でこれらが自生しているのは少し厄介な場所ばかりだ。
――この子達が転送袋を使えたら、もっと効率よく稼げるのになぁ……。
等と、ミールがついついお節介なことを考えてしまう程の成果である。
ちなみに、中級以上のハンターなら気軽に借りて歩く転送袋だが、実際には誰にでも気軽に貸し出しが出来る訳ではない。
その1 登録をしてから一年以上経った者が所属しているパーティである事。
その2 貸し出しにあたり、ギルドに十分なパーティ貯蓄が存在する事、
もしくは、貸し出しを受ける転送袋ごとに定められた補償金を即金で支払える事。
その3 請け負う依頼の際、ギルドが必要と判断した場合。
この三つの内、その1を満たした上でその2か3のいずれかの条件を満たした場合に転送袋の貸し出しが認められる。
ちなみに、貧乏人だと自他ともに認めていたチコリが転送袋を貸し出されているのは、その1と3の条件を満たしている為だ。
ミールの依怙贔屓とかでは決してない。
……多分。
本人の名誉の為に、最近はちょっぴりリッチだという事も付け加えておこう。
ちなみに採集家の彼だけでなく、軽戦士だと登録されている姉であるオレンジ髪のルッコラも、この二日間でウサギを三羽づつ仕留めて帰ってきている所を見ると、年の割に腕の良い狩人らしい。
このあたりに住んでいるウサギはかなり気配に敏感で、近づく前に逃げ出してしまう為、彼女のような近接戦闘専門家が狩るのはなかなか難しいのだ。
弓士だと気付かれる前に矢を放てる為、また別の話になってくるのだが、それだって風切り音や殺気に気づいて逃げられる事が多い。
彼らは逃走のエキスパートなのだ。
「おねーさーん?」
「はいはい?」
「転送袋っていう便利なモノがハンターギルドにはあるんでしょ?」
オレンジの髪の猫耳娘が、受付カウンターに凭れ掛りながら微妙に甘えた声でミールに問う。
「あるわねぇ。」
「私達も、それ借りられたらもっとたぁーくさん、薬草も採れるし、大きな獲物も狙えるんだけど~?」
「そうかもしれないわねぇ。」
まさに、ミールが考えてた話だ。
苦笑を浮かぶのを感じながら、素知らぬ顔で相槌を打つ。
「私達は借りれないの?」
「!!」
ルッコラは、おねだりでもするかのように上目遣いでミールを見上げる。
猫耳娘の上目遣いは、ミールの女の子に弱いハートにモロに直撃だ。
ミールは思わず言葉を詰まらせると、心を落ち着けるために直近の萌えを思い返す。
なんだか色々とダメな人だが仕方がない。
それもこれも、規則違反をしないための自衛だ。
犠牲になったのは、チコリが照れくさそうに微笑浮かべる姿と、知らない人に突然押しかけられて涙目になったアニスの姿だが、本人が知らなければ問題はないハズである。
多分。
「残念ながら、登録から一年以上経っていないギルドメンバーに貸し出しはできないの。」
「ええ~! それじゃあ、ずいぶん長い間重い思いをしなきゃダメじゃん!」
友人二人の犠牲を払いつつなんとか自らの中の葛藤を抑え込んだミールは、表面上はなんとか平静を保ちつつルッコラに規則であることを告げると、営業スマイルを浮かべて見せた。
だが、あと少しでこの営業スマイルが崩れて、だらしないニヤケ顔になるところだったと内心では冷や冷やしている。
可愛い友人たちには感謝の念しかない。
おかげで、なんとか受付嬢としてのメンツを保てた……ような気がする。
その一方で、ルッコラはおねだりが失敗したとばかりに頬を膨らます。
まだ幼さの残る彼女がそんな表情をすると、より子供っぽく見えてとても微笑ましい。
だが、すんなりと伸びた、髪よりも少し暗い色合いの尻尾がビタンビタンと不満げに同行者の少年に打ち付けられ、彼が嫌そうに顔をしかめているのを目にすると、ミールは彼が気の毒になった。
「まぁ……。転送袋を借りる手が、全くない訳じゃないんだけど……ね。」
「どんな手?!」
途端に目を輝かせて身を乗り出してくるルッコラに、ミールは苦笑を浮かべる。
そう、手がないわけじゃないのだ。