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ヴァーヴ・ヴィリエの魔飾師さん  作者: 霧ちゃん→霧聖羅
一話 森人のノーコン弓士
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その5

 カウンターの脇にある良く掃除の行きとどいた階段を上れば、板鍵に記された記号の描かれた戸はすぐに見つかった。

板鍵を認証プレートに触れさせると、すんなりと扉が内側へ向かって開く。

1人客用の部屋だからベッドが2台ギリギリ置ける程度の幅と広くはないが、十分寛ぐ事が出来るだけの空間に真っ白なシーツの張られたベッドが1台と、小さな書き物机にクローゼット。

そこそこ長期の滞在でも、気分よく過ごせそうな部屋だ。

と、チコリは思う。

王都で生活に追われ始めてから宿泊していた安宿より、ずっとずっと居心地が良さそうだ。

まぁ、料金もこちらの方が高いのだが。


 クローゼットは広めで、剣や弓などの得物を仕舞う事も出来るように作られており、その事に感心する。

手入れをする為の道具も最低限ではあるが用意されていて、その事が何とも有難い。

意外とそう言った小物にかかるお金も馬鹿に出来ないのだ。


 クローゼットに外套を掛け、弓と矢筒を仕舞いこむと、なんだかどっと疲れが出てきた気がする。

今日も朝からずっと歩き通しだったのだ。

街道沿いには、一応獣や魔物除けの魔飾が一定間隔で設置されている為、よっぽど運が悪くなければそう言ったモノに出くわす事はないのだが、盗賊にはそう言ったモノは関係がない。

護衛を雇う様な金がなかったから1人旅を余儀なくされたけれど、本当なら、チコリの様な出来そこないハンターが単身で来るような場所ではないのだ。

なので、食事の為に少し休む以外は休まず歩いて来ていた彼女はもう既にくたくただった。


 真っ白なシーツに覆われたベッドが、「こちらへおいで」と呼んでいる声が聞こえた様な気がしたものの、チコリは頭を振ってその幻聴を追いやる。

ベッドの誘惑に負ける前に、弓の手入れをして、食事を摂らなくては。

疲労もさることながら、空腹もまた耐えがたい。

というか、何か食べてからでないと眠れない様に思える。


 ふと、扉の方に目をやると、入った時には死角になっていた部分に扉があるのに気が付く。

首を傾げつつ中を覗くと、そこは両手を広げる事が出来ない程度の小さな部屋になっていて、壁には給水の魔飾が施されたボタンが二つ。

部屋に入って上を見上げると、ジョウロの先の様な細かい穴の開いた水の出口と思われるモノ。

いやいや。

チコリだって、コレが何かなんてちゃんと知っている。

ただ、こんな小さな村の宿に当然の顔をして設置されている事に驚いただけだ。


「えええええ?!」


 あまりの驚きに大声が出てしまい、チコリは慌てて自分の口を塞ぐと周りに視線を向ける。

目に入るのは、勿論小部屋の壁と開けっぱなしになっている戸だけだ。


「個室に、シャワー……。」


 一泊で銀貨一枚と言うのは、素泊まりの宿の値段としては一般的な価格だ。

この宿では、2食付いて来ると言うのだから格安と言っても良い。

そうでなくても片田舎の宿だ。

湯屋はあるかもしれないが、旅の埃を落とすのは後で別料金を払って女将から桶に湯を貰って身体を拭くしかないなと思っていたのに部屋にシャワーなんてものがあるなんて思いもしなかった。

王都で、シャワーのある個室なんて借りようものなら、素泊まりでだって3~4倍の値段がするだろう。

チコリはなんだか、凄く得した気分でいそいそと水浴びの準備をする為にクローゼットへ向かった。


 用意を終えたチコリは、今度は壁に埋め込まれる様に据えられた魔飾ボタンとにらめっこをしている。

最初に見た時には特に気にも留めなかったのだが、魔飾には給水のボタンは2色。

その魔飾も、通常の物ならば小指の爪程の大きさの輝石が一つ填まっている物なのに、この魔飾は指で摘まむのも困難だと思われる程の小さな輝石で何かの模様を描いている様に見える。

こんなのは、今までに見た事もない。

ちなみに輝石と言うのは、魔飾を作る際に魔法を封じ込める触媒で、生物や鉱物に含まれている。

大きなものほど効果の高い魔法を込められ、こんな指先にも満たない程の大きさのものは総じて廃棄物扱いだ。

ごく稀に、ビーズの様に加工される事もあるものの、そういった加工品はただのガラスの代用品であり、魔飾ではない。



普通ならばゴミと断じられてしまう様な輝石で魔飾を作るなんて……。

随分物好きな魔飾師がいるんだな。



 だからチコリがそう結論付けたのは無理もない事だった。

試しに、赤い輝石で蝋燭の火を象っている様に見えるボタンに触れてみると、湯気の立つお湯が頭上のシャワーヘッドから降ってきて、思わず彼女は驚きの声を上げてしまう。

赤い輝石の方でお湯が出るのならば、青い輝石で雫を象った方の魔飾は水がでるのだろうか?

シャワーの魔飾は湯屋で使った事があったが、水が出るボタンしかなかった為、お湯が降ってきたのは彼女にとって思いもよらない事だった。

お湯の温度は、湯浴びをするのに丁度良い。

なんだか嬉しくなったチコリは、鼻歌交じりに髪と身体を清潔にすると、ささっと弓の手入れを済ませ、まだ湿気の残っている髪をいつも通りの三つ編みにする。



ここに居る間、ずっとあのシャワーが使えるなんて!



 温かいお湯を浴びた事で気持ちのリフレッシュが出来た彼女は、ちょっぴり、この村にやってきた理由を忘れてしまいそうになっていた。

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