その10
赤毛の魔道士と話し始めて30分。
その頃には、ミールの頭にあった『魔道具オタクのヤバい人』と言う印象は随分と払拭されていた。
最初頭にあった|彼に対する怖さ《魔道具オタクちょっとヤバい?》よりも、話す内容の方がミールにとって有用だったと言うのも大きい。
彼は、魔道具に傾倒しているだけあって、それに関する知識が豊富であった。
それこそ、ソレを実際に作っているミール自身よりも詳しい知識もある程だ。
正直な話、魔道具の成り立ちや魔飾との分岐の話など、彼女は大体の概略でしか覚えていないのだが、彼はそれを詳細に記憶しており、更には彼なりの解釈も色々とあるらしい。
知識として詰め込んだだけのミールは、成程、そんな解釈もあるのかと彼の話を聞きながら勉強させて貰っている状態だ。
「ところで、貴女は随分とお若く見えますが……ずっとタラゴン師の元で学ばれたのですか?」
「ええ……。ずっとおじい様の元で学ばせて頂いていたので、セージさんの様に学校と言うモノには通った事は無いです。」
ミールのその『学校と言うモノ』と言う返答に、セージは不審そうに首を傾げた。
このベルトラム王国では、五~六歳前後から基礎学校と言うモノに六年間通わせる義務がある。
勉強に必要な道具類は基礎学校で管理しており、子供自身にその気があれば例えスラムに暮らしていても通う事が出来る為、通っていない子供の方が少ない位だ。
そんな国に暮らしていて、基礎学校にも通った事が無いとは考えづらい。
「基礎学校にもですか?」
「その頃は家庭教師でしたから。」
あっさりと返って来た返事に、そう言う事か、と彼は納得する。
わざわざ親が別途で金をかけて教育を施していたと言う事は、彼女はそれなり以上の家に育ったと言う事であり、本来ならこのような場所で立ち働く予定は無かったのだろう。
彼女ほどの魔飾作りの才をもった娘が危うくどこかに埋もれてしまうところだったのかと、彼はミールを見出して弟子に取ったタラゴン師に心の中で感謝する。
「丁度、高等教育を学び始めた時――八才頃だったかしら?――に、魔飾師としての才があると祖父が言い出したので、私がどうしたいかなんて関係無しにここに来る事になったんですけれど。」
「そんなに幼い頃に……親元を離れて?」
普通、親元から出るのは基礎学校が終わった後の事だ。
八歳ではまだ親元を出るのに適切な年齢とは言えない。
彼女の言い回しからすると、両親は別の町に住んでいるらしいとアタリをつけた彼の問いに、頷きが返ってきて思わず驚きに息を飲む。
「基礎教育が終わっていたのもありますけど、保護者が両親から祖父に変わるだけと言う事で、一人立ちしたのはやっと今年になってからですから。」
彼の驚きの意味を読み取ると、ミールは安心させる様な頬笑みを浮かべそう告げる。
セージは師匠が血縁なのかと納得したものの、別の方向で疑問を感じた。
――裕福な商家か貴族の娘なのに、何故、その年齢の娘を引き取ってまで魔飾師の教育を施したんだ?
魔飾師と言うのは生活に根付いた職業であり、鍛冶屋と同様にどんなに小さな村にも一軒はあるものだ。
鍛冶師よりも世間的にその地位は高いものの、自らの子供にその才能が無かった場合、弟子を採って継がせるのが普通であり、高等教育を受けさせるような立場にいた孫娘に無理に継がせると言うのは、少し違和感を感じる。
ミールはセージが不審げな表情を浮かべるのには頓着せずに、昔を懐かしむような表情で言葉を続けた。
「実際のところ、祖父がこの地の魔飾師を継いだ後、一族の中に魔飾師の才のある子供が産まれてなかったから選択肢は無かったんです。今となっては、村の皆の為に魔飾を作ったりお酒を飲んで騒いだりする生活の方が楽しいから魔飾師になれて本当に良かったと思ってるの。」
「この村の魔飾師は、代々貴女の血縁の方だけが担っているんですか。」
「そうよ。」
セージの問いに、ミールは楽しげに笑いながら答える。
その表情に不快そうな気配が無いのを確認しながら、彼は質問を重ねて見る。
訊ねてみる理由は、ただの好奇心。
「理由をお伺いしても……?」
「それは、森人の領地に陸人の村がポツンとあるのと同じ理由です。」
けれど、澄ました顔で返して来た返答は彼が望んだ物とはまた違ったものであり、ここまで話してくれているんだから、もしかしたら実のある返答を貰えるのではないかと期待していたセージは、続くミールの言葉に苦笑を浮かべる。
「それよりも、貴方の魔道具を少し見せて頂けないですか?」
言外に、『根掘り葉掘り聞いたんだから』というニュアンスを含んだソレは、最初からセージの魔道具を触らせて貰う心算だったのだと彼に悟らせた。
「どちらを御覧になりますか?」
「触らせても構わない物だけで良いですよ。」
『見せて貰えるならいくらでも』と言う返答に、彼は思わず笑い出す。
魔道具は彼の商売道具であり、資産だ。
だが彼女になら触らせても大丈夫だろう。
なにせ、彼女ならば自分でいくらでも作りだせるような代物ばかりだ。
おどけた返事に即座に返された希望に応えて、セージは仲間達がみたら目を剥く程気前よく、ミールに触れさせながら一つ一つ解説していく。
その講義は夕刻になり、新人パーティの二人組がギルドの受付に現れるまで続けられた。




