その7
――それは、昔、山人のある家族の中で起きた悲劇。
その夫婦の間には長く子供が出来なくて、やっと出来た子供を彼等は目に入れても痛くない程可愛がっていたらしい。
また、その子供も年の割には賢くもの覚えが良かった。
教えたら教えただけものを覚える子供の姿が、嬉しくて誇らしくて。
そうして、『この子なら大丈夫だろう』と教えた攻撃魔法。
すんなりと最も難しいと言われる魔法を覚えた子供は、その魔法を使って死んだ。
その両親たちと共に。
目撃者が居なかったから定かではないけれど、子供が癇癪を起したのではないかと言われているその事件から、子供が婚姻を結べる年齢になるまでの間、生活に必要な魔法以外を学ばせないという決まり事が出来たのだ。
アニスが口を閉ざすと、ミールはその肩をそっと抱き寄せる。
彼女は子供が生まれ辛い分、幼子を大事に慈しむ山人だ。
大昔の話だったとしてもその悲劇に心を痛めるのは分からないでもない。
けれど、ちょっと尋常じゃない怯えっぷりだ。
不審に思ったミールは、アニスが落ち着くのを見計らってそれとなく探ってみる。
「お母様が毎日、私に生活魔法しか教えられない理由だって言って、このお話を毎日詳細に離してくれてたんですの……。」
――これはアレだ。
いわゆるトラウマと言うヤツね……。
『お見合いパーティ』の他にも、アニスさんにトラウマを植え付けてたなんて。
ミールは、一度顔を合わせただけのアニスの母親を心の中で罵っておく事にした。
この分じゃ、他にどんなトラウマを植え付けられてる事やら。
全くロクな事をしない母親である。
「……それと同じ様な事が、魔道具でもあったわ。」
アニスの肩が自分の手の下で跳ね上がるのを感じて、説明は大幅に端折る事にした。
これはアレだ、詳しく話したりしたら新たなトラウマを製造してしまいかねない。
「初期の魔道具は、本当に誰でも……赤ん坊でも魔力さえあれば使えるような代物だったそうだから。」
陸人に起きた悲劇は一つではないらしい、なんてことは今のアニスに聞かせるべきじゃないだろう。
「――幼子が悪戯で魔道具を使った為に事故が起きてしまってから、繊細な魔力操作と正確なキーワードの発音の両方の条件を満たさないと機能しない様に造りかえられて行ったの。」
「繊細な魔力操作とキーワード?」
自らの記憶の中にある怖いお話から意識が逸れたのか、紙の様に白くなっていた頬に血の色が戻ってきて、ミールはホッと胸を撫で下ろす。
「一度、やってみた方が早いわね。」
ミールはアニスにその場で待つように伝えて店舗へ向かう。
戻ってきた彼女の手には、小さな手下げの箱がぶら下がっていた。
アニスがソレを物珍しげに見詰める中、目の前のローテーブルにソレが置かれ、蓋が開けられる。
箱の中には、更に手の平サイズの小さな箱が幾つも詰まっており、それぞれにメモ書きが巻きつけられていた。
「これは、前に練習で作った魔道具。一応は売り物になるレベルの品物よ。どれがどんなのか、箱から出さなくても分かる様にメモをくっつけてるんだけど……ちょっと格好悪いのよね。」
冗談めかしてそう言うと、アニスの口から小さな笑い声が漏れる。
一応、連想してしまった怖い詳細からは意識を逸らせたらしい。
ミールは試しに使って見るのに適当だと思われる物を取り出し、アニスへ渡す。
見た目だけでも十分美しく女の子が好きそうなデザインで、彼女は自分の手に載せられた、繊細な細工の腕輪に目を輝かせる。
「それは、対象者の反射能力と敏捷性を上げる魔法を発現する為の魔道具だから、私にかけてもアニスにかけても大丈夫だから、試してみて?」
アニスは大きく頷くと、魔道具を身につけてから魔力を通し始めた。
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「みぎみぎひだりみぎくるっともどってこんどはひだ……あああああああああ?!」
魔道具を渡してから既に4時間。
アニスは、ひたすら魔道具を使う為の魔力操作を続けている。
失敗しては最初からやり直しと言うのを繰り返している為、並みの人間だったらとっくの昔に魔力切れになっているところだが、さすがは山人。
驚きの魔力量だ。
ミールとしては、2~3回も試せば話の続きに取り掛かれるだろうと思っていたのだが……。
まさか声も届かない程に夢中になられてしうとは思わなかった為、そろそろどうしたらいいだろうと途方に暮れている。
家事全般を賄ってくれる事になっているアニスがこの遊びに夢中になっている状態な為、お昼御飯も抜きという有り様だ。
お昼の時間からは……すでに2時間が経過しており、もうすぐおやつの時間である。
ミールはギルドの仕事をしに戻る時間を早め、宿の食堂で昼食を摂る事に決めるとアニスを部屋に残してきっちりと鍵を閉めると家を出る。
「……くるっともどってみぎみぎひだ……ああああああ!」
――これは、夜も食堂かしら……?
それはそれで構わないのだが、まさか、山人にとって魔道具が知恵の輪だとかパズルの様な遊具になるとは思わなかった、とその声を背にミールは苦笑を浮かべた。




