その6
ミールは紫髪の女剣士が店を出て行くと、アニスの様子を確認しようと奥へと通じる扉を開けた。
「きゃ」
「わ」
開けたその場に本人が居るとは思いもよらず、二人同時に驚きの声を上げる。
「どうしてこんなとこに・・・・・・」
ドキドキする胸に手を当て、そう呟きながらも理由はなんとなく想像がつく。
珍しい外部からの客人に、好奇心が抑えきれなかったのだろう。
目の前でスーハ―スーハーと、深呼吸を繰り返して呼吸を整えているアニスの姿に吹き出しながら、彼女を奥へ向かわせようと方向転換させる。
「お客様は珍しいものね?」
ミールがそう問いかけると、アニスはちょっとばつの悪そうな表情を浮かべながらコクコクと頷く。
その表情の可愛らしさに一瞬誤魔化されそうになったミールは、厳しげな表情を作って「盗み聞き禁止」を申し渡す。
アニスを預かる事になった時、高祖父からそう言った指導もキッチリ行う様にと厳命されているのだ。
これをサボると、月に一度の抜き打ち訪問時にそのまま彼女が連れ帰られてしまうかもしれないと、ミールはせっせとアニスに昔教え込まれた礼儀作法を仕込んでいる。
だって、成果が認められたら今年一年と言わず|もう一年《アニスおかわりもう一杯!》が叶うかもしれないのだ。
すっかりアニスがお気に入りになっているミールとしては、その可能性は捨てがたい。
チコリ?
チコリは別腹です。
アニスとチコリだと、系統がちょっと違うから。
「ねぇ、ミール?」
「なぁに?」
「何で、お断りしたんですの?」
少し厳しめに叱られて俯いていたアニスは、上目遣いにミールを見詰めてそう訊ねる。
アニスの頭あるのは、村人たちから頼まれた時にも自分が突然やってきた時にも嫌な顔一つしないでむしろ楽しげに魔飾作りに取り掛かっていたミールの姿だ。
だからこそ、彼女が魔飾作りを断るとは思ってもみなかった。
「うーん……。理由としては、アニスが聞いていたのと被るんだけれども、さっきの方にしたのと違う説明の仕方をしましょうか。」
話が長くなるからと、奥のソファーに腰掛けたミールは彼女に隣に座る様にと促す。
ミールから何かを教わる時には大体この距離感なので、アニスは特に疑問も抱かず勧めに従う。
「違う説明ですの?」
「さっきの方は、魔力についての予備知識が無い様だったからああ言う説明になったんだけど、アニスは魔力を扱うからもう少し突っ込んだ説明ができるでしょう?」
その説明で、アニスの目に理解の光が宿る。
確かに、経験のある相手と経験のない相手ならば、経験のある方が深く説明が行える筈だ。
「まず、大前提。陸人は、『魔道具が無いと魔法の発現は不可能』です。」
「魔力があっても、ですの?」
魔力があるなら魔法が使えるのは当たり前だろう、と彼女は不思議そうに目を瞬く。
「でも、ミールは魔法を使えているじゃありませんの。」
「私の場合は、お母様が森人だから。」
日頃、自分に魔法を教えているのに何を言っているんだと言わんばかりの指摘に、ミールは苦笑を浮かべた。
実際、陸人であっても混血児とその子供は魔法の発現を行える。
流石に祖父の祖父が山人であるだけのビルは魔力があっても自身の力で魔法を発現する事は出来ないのだが、森人の母をもつミールが魔法を発現できるのはそう言う理由なのだ。
ちなみに、ミールの明るい緑色の髪は森人である母譲りのものである。
その説明にアニスが納得したところで、ミールは話を戻す。
「陸人が魔法を発言できない理由は、神話からの引用になってしまうんだけど……。
曰く、『文明を育てる力はそれ自体が剣であり魔法である。その為、神々は陸人達に直接魔力を扱う術をお与えにならなかった。』……だ、そうよ。
実際のところは、原因を解明されてはいないわね。」
「『文明を育てる力』が剣……。」
考え込みかけたアニスに、ミールは頓着せずに言葉を続ける。
神話の考察をする為に、今の話をした訳ではない。
ソレはまたの機会でいいだろう。
「実際、『魔飾』や『魔道具』と言う形で魔法の発現を可能にしたんだから、そう言う事なんじゃないかしら。」
「その為に魔道具が必要なんですのね!」
そう。
ミールは彼女に、これを理解して貰う為に話しただけなのだ。
ぱぁっと表情を明るくして嬉しげに笑うアニスに、ミールは表情を緩め、今回の依頼を断った原因の説明に取りかかる。
「魔道具は、魔飾と違って他者に働きかける魔法を発現する物の総称なの。この『他者』は生物だけでなく物体も含むんだけれど、そこは割愛するわね。」
「攻撃魔法とか、強化魔法の類ですの?」
「ほぼ、それが正解。さて、ここで質問です。」
先生役のミールが、ここで一旦口を噤む。
「質問?」
「魔力を持っている人……例えば赤ちゃんとか幼児が、攻撃魔法を扱えたらどうなるでしょう?」
「!?」
ミール居住まいを正して、至極真面目な表情で行った質問。
その内容に、アニスは顔から血の気が引いていくのを感じる。
「それ……は、昔、実際にあった悲劇、ですの……。」
驚きに目を瞠るミールに、彼女は途切れ途切れにその悲劇を語った。