その4
ステビアが結婚予定の二人と別れて魔飾師の工房を探す事にしたのは、ちょっぴり気を利かせただけのつもりだ。
流石に新婚の二人の邪魔をするのは、長年同じパーティで行動してきていたステビアでも少し気まずい。
これでセージが同行していれば、なにも気にせず一緒に行動するのだが、魔飾師を探しているのは彼にサプライズプレゼントをする為である。
彼を同行させる訳にはいかない。
――それにしても、同じ村でも随分と違うものね……。
ステビアは、自らの育った貧しい村を思い起こしてそう思う。
彼女の育った村は貧しく、一人立ちさせる事が出来る最低限の年齢になった時、彼女は自らの意思で親の元を離れた。
彼女が十二歳になった頃、家にはまだ幼い弟が五人もおり、社会へ出る事が出来るようになった年齢の娘をいつまでも養う余裕が無かったからだ。
ただ、それはたったの十二年しか生きていない娘には、苦労の多い道でもある。
実際問題、他に食いつなぐ道を見付けられずにハンターに登録した彼女が最初に行動を共にしたのが、セージの所属する今のパーティで無かったならば……きっと、今頃はもっと違う道を歩いていたのに違いないと彼女は確信していた。
ソレに関しては、今回結婚してハンター業を引退する事にした二人も同じ思いを抱いているらしい。
ステビアよりも三歳年上の彼等も、やはり彼女と大して変わらない理由でハンターとなっていたからだ。
彼女等は、セージの交渉力や自分達の能力を見極める眼力、そして私財を投げ打って手に入れてくれた魔道具の力によって度々命を救われていた。
ソレを本人に言ったのならば、年の甲だとか、自分が臆病だからリスクを冒したくなかったのだとか、自らの趣味に投資しただけだとかと言う返事が返ってくるのだが、みんなそんな事は欠片も思っていない。
いっその事、魔道具をパーティの共有財産として宿代等と同じ様に扱ってくれても良かったのだ。
しかし、彼は「コレを集めているのは、趣味でもあるから。」と言って、ソレをしない。
皆に公平であろうとしたせいで、自らが貧乏くじを引いていつもひもじい思いをしている事を、パーティメンバーが後ろめたい思いで見ていると言う事を彼は知ろうとしてくれないのだ。
今回、ディオンスとジャニーヌが抜ける事をきっかけに、彼が引退を考え始めているのを彼女は感じてはいたものの、気付かないふりをしている。
ソレに気が付いている素振りを少しでも見せてしまったのならば、彼は即座にハンター業を辞めてしまうのに違いない。
ステビアとしては、それはどうあっても避けたい事態だ。
いっそのこと、なりふり構わず彼に泣きつきたいと思わないでもない彼女だが、彼が引退を考える原因に『魔道具の高価さ』があるのならば、一つだけ縋りつけそうな希望がある。
それは、ジャニーヌが仕入れてきた情報だ。
彼が、もしもこの村で手に入れる事が出来ると言う噂の魔道具を継続的に手にする事が出来たのなら、この先も自分と一緒にハンター業を続けてくれるに違いない……と、彼女はソレを期待している。
ディオンスとジャニーヌは、彼に新しい魔道具をプレゼントしてから引退したいと思っている様だったが、彼女はそれを継続的に手に入れる方法を求めていた。
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そんなステビアが、魔飾師の工房へいたる道を見付けたのは多分偶然だったのだろうと、本人ですらそう思う。
剣士であるステビアは、斥候職としての訓練を積んだジャニーヌとは違い、あまり目敏い方ではない。
そんな彼女が見付けられたのだ。
ただ、たまたま運が良かっただけだな、と彼女は思う。
ソレは、村の狩人が使っているだけの森への入り口の様にも見えた。
魔物除けの柵もない村の事だ。
一体どこからが村との境目かも分からず、いつの間にか村から出ていたなんて事になりかねないと、彼女は警戒しながらその小道へと足を踏み入れる。
ウネウネと曲がりくねったその道の先に、ちょっぴり可愛らしい木造住宅が見えてきたのは大して歩かない内の事だ。
その玄関先を箒で掃き清めている少女の姿を見付けると、ステビアは彼女へと挨拶の声を掛ける。
「!!!」
少女はただ挨拶をしただけなのに、ステビアのその声に飛び上がると箒を放り投げて家の中へと飛び込んだ。
驚いたのはステビアも同じだ。
「え……?」
少女のその行動に、彼女は驚きのあまり挨拶の為に上げた手をワキワキとさせ、上げた手の行き場を求めて頭をガリガリと掻く。
「……そんなに怖い顔してたかしら……。」
ちょっぴり、切羽詰まった表情になっていた心当たりもあり、ステビアはちょっぴり落ち込んだ。
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一方で、アニスは突然の来訪者に早鐘の様になる胸を抑えて扉の中で蹲っている。
「ど、どどどどどどどどどどどうしよう?!」
アニスは記憶力には自信がある方だ。
この村で暮らし始めてからミールに村中を連れ回されたお陰で、名前はちょっと怪しげだが村人の顔は全部覚えた自信がある。
その自分が見た記憶の無い相手が現れたと言う事で、彼女は軽い恐慌状態に陥っている。
一五〇年の間身内の人間以外と会わずに生きて来ていた彼女は、極度の人見知りだ。
なんとか、自らのお披露目パーティはディルが同伴してくれた事によって乗り切ったが、今でも自分だけで家族以外の人間と相対すると極度の緊張感から声も出ない。
今の彼女がこの村の中でまともに会話を出来るのは、ミールとチコリ、そしてビル位のものだった。
だからこそミールが居ない間は、村人以外がまず来ない工房の掃除や店番をしながら過ごしていると言うのに、村人ではない人間がここに来るなんて全くの想定外である。
恐る恐る、窓から外を窺っても、先程アニスに挨拶をしてきた女性は困った様子でその場に佇んだままだ。
「みぃるぅううううう……。早く、早く帰ってきてぇ……。」
アニスは、目の端に涙を滲ませながら、窓の下に蹲った。




