その3
セージが部屋に戻るのを見送ると、残された三人は額を突き合わせてコソコソと話し合いを始める。
「それで、魔飾師についてはどうだったのよ?」
「おもわしくないねぇ……。」
「……手がかりなしって事かよ?」
「ソレが良く分かんなくってぇ……」
ジャニーの困惑気味の声に、二人は首を傾げた。
「『近くに居るよ』って。」
「ナニソレ、ちょっとこわ!」
「近くって……宿の女将と、ギルドの嬢ちゃんしかいないだろ?」
ディオンスがその大きな身体をぐるりと回して周囲を確認すると、そうぼやく。
彼の言葉通り、近くに居るのはその二人だけだ。
魔飾師らしい人物の姿はない。
実際には、彼等の想像する様な姿では、という注釈がつくのだが。
「魔飾師って言ったらアレだろ? 大体、痩せぎすなおっさんだもんなぁ……。」
「でしょ?」
彼等の知識はちょっと偏っているが、あながち間違いでも無い。
魔飾師の工房は小さな村でもあるものだ。
そして、それを経営している魔飾師が中高年の男性が多い。
本当は女性の魔飾師も存在して居るのだが絶対数が少なく、その為、彼等は男性の魔飾師しか見た事が無かった。
ただ……。
女性の魔飾師が存在すると言っても、やはり中高年である事が多い。
ミールの年齢だと、普通はまだ『見習い』であり、一人で切り盛りする事はまずないのだ。
「意表をついて、女将さんとか!」
「若過ぎるよー! 女将さん、年齢的にはセージと大して変わらないんじゃないの?」
「そもそも、その『近くに居る』って誰に聞いたのかしら?」
「女将さん☆」
「それ、自分の事だったらちゃんとそう言うんじゃない……?」
「う。そうかも。」
「仕方がない、『近く』だって言うんなら足で探すか。」
そんな訳だから彼等は、自分達が探している『魔飾師』がミールだなんて事は夢にも思わず、テーブルに勘定を残してそれぞれで手分けをして村を探しに出掛けて行く。
ミールはそんな彼等を不思議そうに見送ると、二階へと視線を向けて呟いた。
「あらら……? リーダーさんって、もしかしてボッチ系……?」
最近まで、同年代の娘が身近に居なくて寂しい思いをしていた彼女は、ちょっぴりセージに親近感を覚える。
セージにとってみたら余計なお世話だが。
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一方のセージは丁度その頃、部屋で魔道具に関しての論文纏め始めたところだ。
ペンを取り出し、さて書こうというところで不意に鼻がムズムズし出して、その口からクシャンクシュンとくしゃみが連続で飛び出した。
誰かが悪口を言ってるのかもしれない。
ハンカチで鼻をチンとかんで脇に除けると、彼は改めてペンをとる。
彼は、魔道士を育成する学園の出身の魔道士だ。
陸人は基本的に、ほとんど魔力をもたない。
稀に魔力を持って生れても、それを自力で何らかの形へと昇華させる事が出来ないのが普通である。
――専用の道具を使わない限りは。
普通からはみ出るのは、森人や山人の血をひく子供達だが、その人数は決して多くはなかった。
ただ、それらの人々はセージの様に凡庸な魔道士とは違い引く手数多であり、仕事に困る事はない。
セージは突然変異的に魔力を持って生れたものの、その能力は特筆する程のものはない。
家はそこそこ裕福な商家で、三男である彼の希望もあって魔道士育成学園の門をくぐる事が出来た。
そしてその頃の彼は、魔力を持っていた事にすっかり有頂天になっていて、学び舎から出た後に自分は必ず、いずれかの貴族家に……もしかしたら王家に召抱えられる事になるに違いないという大望を抱いていたのだ。
今思えば、思い上がりもはなはだしい。
そうはいっても、若いうちにはありがちな過ちでもあるだろう。
学園に入った彼の前に立ちはだかったのは、優秀な同級生でも意地悪な先輩でも無く、自分の能力の壁。
ソレは乗り越えるのには高く、打ち破ろうにも厚過ぎた。
結局、学び舎を出ても貴族に召抱えられる事はなく、実家から過ぎた援助を受けていた為、おめおめと家へと戻る訳にもいかなかった彼はハンターへと身を落としたと言う訳だ。
「……そろそろ、潮時なのかもしれないな。」
10年近くの間、共に在った友人達が身を固めて引退する事になった今、セージ自身も退く時が来たのではないかとそうひとりごちる。
今、彼が内職と称して纏め上げている論文が評価されたのならば、また別の道を考える事も出来るのだが。
「あーあ、抜け駆けしやがって……。」
思わず口から、ディオンスへの文句が漏れる。
――せめてハンターを辞めた後の収入の目処が立ってくれれば……。
「俺も結婚したいなぁ……。」
その望みがかなう予定は、今のところなかった。