その19
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宴を開始する合図代わりの大がかりな焚火への点火を行う役目を担う事が決定した時、アニスはひどく不安になった。
200人近くの人間がやってくるなんて聞いただけでも恐ろしくて仕方がないと言うのに、その人々の目を集める場での大任だ。
怖くない方がおかしいだろう。
「流石に娘一人では不安でしょうから、私共も一緒にと言う事で……。」
だから、父がそう口にしてくれた時アニスは本当に心の底から安堵した。
両親が一緒に居てくれるなら、安心だとそう思う。
アニスは150の年を数えて一応は成人と認められはしているものの、山人の中ではまだまだ庇護される年頃なのだ。
精神的に成熟するのは、もうしばらく先の事になる為こういった反応になるのは両親からして見れば当然のことであった。
両親と共に魔法を用いて点火するのは、予行演習なしのぶっつけ本番である。
いつもよりも少しおめかしして両親と共に出番を待つ間、緊張のあまり頭の中は真っ白だし、足は震えるしでもう散々な状態だ。
それでも、いざ出番がきてみると思いの外滑らかに詠唱の声が喉から流れ出す。
父と母はアニスが操る炎の鳥を引き立てる為に、本来なら必要のない煌めきを足したり、彼女には難しい複雑な動きをする小鳥を飛ばしてくれる事になっていて、正直、アニスの方がおまけみたいなものだ。
どうせなら、見る者が楽しめる様な形でやった方が良いのではないかと言うディルの提案で行ったこの点火式は、思った以上に好評だったらしい。
小さな小鳥の姿で周囲を舞っていた炎を纏めて、大きな火の鳥を模り薪の山へと舞い降りさせると、興奮した声が広場を包む。
拍手と一緒に足が踏み鳴らされるドンドンと言う音とともに、上がる声にアニスは思わず肩を震わせた。
「ほら、皆さんに礼をして?」
母のその言葉にはっと我に返り、両親に少し遅れて礼をとる。
顔を上げると、満面に笑みを浮かべた顔に囲まれていて、驚きのあまり変な音が喉から漏れた。
大人たちよりも子供の方が積極的で、アニスの手を強引に取って上下に振りながら、今の点火に使った魔法がどんなに綺麗で素晴らしかったかを興奮した声で彼女に語る。
その目がキラキラと輝いていたのは、多分、さっき点けたばかりの炎が反射しただけじゃないだろう。
周りを囲まれ、歓迎や賞賛の言葉をうけている間にいつの間にやら両親はアニスの傍を離れてしまっていて、彼女を不安に陥れたが、すぐにこの村で暫くの間共に生活する事になっている魔飾師の少女がやってきて緩衝役を買って出てくれた。
「ハンターもここにはそんなに沢山は来ないから、みんな長期滞在してくれる他所の人が嬉しいの。」
殆どの村人との挨拶が終わったんじゃないかと思えてきた頃、やっと食べ物と酒を手にアニスとミールの二人は場所を確保してくれていたチコリに合流する。
あんまりの歓迎ぶりにヘトヘトになっているアニスへ杯を差し出すと、苦笑を浮かべながらミールは彼女にそう説明する。
「へぇ……。私の時はそんな様子はなかったけど。」
チコリが赤ワインで良く煮込まれたシカ肉を突きながら、どうでも良さそうに相槌を打つ。
彼女の興味の対象は、今突いている煮込みに集中しているらしい。
まだ湯気を立てているソレを口にして、彼女は幸せそうに口元を緩めている。
「それはチコリさんがハンターだからね。」
「ああ。いつ居なくなるか分からないから?」
「そう言う事。」
「え……。チコリさん、どこかに行ってしまわれるんですの?」
同年代に見える女性が、少なくとも二人は居るのだと思って安心していたアニスは、チコリの言葉に驚きの声を上げた。
彼女のその反応に驚いて目を瞬かせたチコリは、ヘラっと笑いながらソレを否定する。
「取り敢えず暫くの間はここに腰を落ち着ける予定ですよ。」
「ああ、良かった……。」
アニスはホッと胸を撫で下ろす。
折角、こうやってお話しする事が出来るようになったのに、あっという間に居なくなられてしまったりしたら悲し過ぎる。
少なくとも、今現在の滞在予定期間中にチコリが居なくなる事はないらしい。
「いっそ、永住してくれても……」
「ここは良い村だけど、せっかくハンターとしてやっていけそうになってきているから、コレが育ち切ったらあちこち行ってみたいですよ。」
ポソッとミールが呟くと、チコリは苦笑混じりに耳の魔飾に触れながら夢を語る。
チコリの夢は、母の様な立派なハンターになって活躍する事だ。
その夢を叶える足掛かりを手に入れたのに、この村に骨を埋める気にはなれない。
「残念。」
チコリのその返答は、半ば予期していたのだろう。
ミールは大して残念そうでもなくそう呟き、酒杯を傾ける。
「何はともあれ、この村は男ばっかりで常に女日照りだから、若くて可愛い女の子は大歓迎なの。」
「……ミールもチコリさんも居られますのに。」
「チコリさんに関しては今、丁度距離を測ってるところかしらね。チラホラ狙ってそうな人はいるし。」
半ば呟く様にそう口にしたミールの目が、剣呑な光を宿す。
視線の先には、肉を焼いている火の回りにたむろしている若者たちの姿があった。
彼等は特に熱心な自己紹介を行っていた人達で、ミールの話から考えるならば結婚相手に困っていると言う所らしい。
子供がなかなか生まれない山人だけの事かと思っていた、『結婚相手の居ない男性』と言うのが沢山の子供に恵まれている様に思っていた陸人の中にも結構な人数居るらしいと知って、驚くとともに少し親近感を感じる。
――明後日のお披露目パーティには相変わらず出たくはないけれど……。
その後に、この村で一年間過ごすと言うお楽しみがあるのなら、なんとか我慢出来なくもないかもしれないと、アニスは真ん中の大きな焚火のまわりで趣味人達の奏でる音楽に合わせて踊り始めた人々を眺めながらそう思う。
――もっと、陸人の生活を見てみたいかも。
できれば森人のモノも見れると最高なのだけれども、それは高望みと言うモノかもしれない。
ちょっぴりアニスは前向きな気持ちになりながら、この村で過ごす日々を夢想する。
彼女がこの村で過ごす間に、本当の恋が訪れるのかどうかは今は謎のまま。
アニスの初恋もどきは数日で治るものじゃないので、ミールの元で暫く療養する事になりました☆
ミール:「ハーレムが……私のハーレムが段々と形成されて行く……?!」
キノセイですよ?
次回の更新には少しお時間を頂きます。
9月21日から再開いたしますので、少々お待ち下さいm(__)m