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ヴァーヴ・ヴィリエの魔飾師さん  作者: 霧聖羅
二話 恋に恋するお嬢様アニス
38/82

その18

 夕方になると、村の集会所の前に大きな火を焚く為の用意がされた。

これに火が点いてからが今日の宴の始まりであり、今は続々と村中の人が集まってきているところである。

点火役はこの宴の主役であるアニスと、その両親の役目だ。

その為に皆の視線の集まる場所に三人で待機しているのだが、続々と集まってくる人々の姿にアニスは心臓の鼓動が速くなっていくのを感じている。



――こんなに沢山の人を見たのは初めて……。



 今まで、父母と100も年の離れた弟の4人と言う閉じた世界で生きていたアニスには、昨日夕飯を食べた食堂に居た人数だけでも刺激が強かった。

それなのに今日はその十倍どころでない人間が集まっており、更には自分達の方に視線が集中している。

これで緊張しない訳が無い。

こころなし血の気の失せた顔色で周囲を窺う従妹の姿に、ディルは自分のお披露目パーティの時はどんな気持だったかと思いを巡らせる。



――とりあえず、アニス程には緊張しなかったな……。

むしろ、自分の世界が広がる期待に胸を高鳴らせていた様な気がする。

とはいえ、ソレは個人差もあるのだろうし、もしかしたら性差と言うヤツかもしれない。


 アニスと並んで、やはり落ちつか無げな彼女の母親の姿にそう思う。


「やっぱり、点火直前に姿を現す方が良かったんじゃ……。」

「あの様子だと、足が竦んで前に進めなかっただろうな。」


 ディルの傍らに立ったミールが居ても立っても居られないと言った様子で呟くのに、半ば上の空でそう返す。

なにせ、アニスのおしめを変えた事もある位に長い付き合いである。

ある意味玄孫であるミールよりもよっぽど近しい間柄であり、当然ながらアニスの事は心配で仕方がないのだ。

ディルの中でのミールは遠い孫娘だが、アニスは娘モドキと言うのが近い。

二人がヤキモキしながら、手の平を腿に擦りつけているのをビルとチコリは生暖かい目で見守っていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 村長の前口上が終わると、紹介されたアニスが前に進み出て皆に頭を下げる。

つっかえつっかえではあるモノの、自己紹介を終えると周囲からは拍手が上がった。

拍手を熱心にしているのは、連れ合いの居ない若者達である。

この村に独身の娘はミールしかいない。

正確に言うのなら独身の娘はそれなりに居るのだが、宿の女将の5歳になる娘が最年長なのであり、彼女たちに食指が動く様な輩は幸いなことにこの村には居なかった。

長くなったが、そんな訳で適齢期の美少女が仲間入りすると言うのは彼等にとって諸手を上げて歓迎するほどに喜ばしい事なのだ。


 アニスとその両親が詠唱を始めると、それまで喜びの声を上げていた若者たちの口が一つまた一つ閉じられていく。


「舞え火の粉。我等を照らす明るき炎。我等に温もり与える優しき焔となれ」


 歌う様な詠唱の1節ごとに、ポツポツと小さな炎の鳥が彼等の掲げた手から舞い上がり、集った村人たちの頭上で舞い踊る。

最後の音節で、それらは積み上げられた薪の上空に集まり、一羽の優美な鳥の姿をとるとフワリと薪の中へと舞い降りた。

炎の鳥が薪の中へ消え、薪が燃え上がり始めると一斉に拍手が巻き起こる。

ミールやチコリ達も思いもよらぬ、魔法による幻想的な見世物に興奮気味に頬を染めながら手を叩く。

ディルはおざなりに拍手を送りながら、山人の間ではほんのお遊びに過ぎない魔法でも丘人や森人にとっては娯楽になるのだったなと、昔の事を思い返す。



――妻も、ああいうお遊びを見せてやると大喜びしていたな。



 今となっては、懐かしくも楽しい日々だったと妻との日々を思い返しながら、村の青年たちに囲まれるアニスの姿を遠くに眺める。

集会所から、次々と広場へ食料が運び込まれだすと、趣味人達が手に手に楽器を携え傾きだした日差しの中、明るい額の音を響かせ始めた。


「良い村ですな。」

「ああ。」

「1年もの間、アニスを手元から離すなんてと思いましたけれど……。ここでなら、あの子も良い体験が出来そうですわね。」


 いつの間にか隣にやって来ていたアニスの両親が、そう口にしながら青年達をかき分けて、オドオドしている娘を護りに入るミールの姿に口元を緩めている。

彼等は既にミールと顔合わせをしており、彼女の元に娘を滞在させるのならと納得していた。

そこはディルの血縁だと言う事もあるのだが、ミールの熱意に負けたと言うのが大きい。

アニスのディルに対して抱いている恋慕に似た感情をある程度理解した上で、他に目を向ける機会を強制的に作る事は出来ても、自然に見せかけて作ると言うのは彼らには少し難しかったのもある。

そして、半ば閉ざされている山人社会ではなく、広く交流をもつことの多い陸人の元であれば可能だと言うのも魅力的であった。


「なかなか刺激的な生活になる事請け合い、だな。」


 ディルも口元に笑みを浮かべながら、差し出されたジョッキを受け取り目の高さに掲げあい、中の酒を一口啜る。

何はともあれ、この宴が明後日行われるアニスのお披露目パーティの予行演習になる筈だ。

少し、肩の荷が下りた様な気分で彼等はその宴をのんびりと楽しむ事にした。

こう……何と言うか、キャンプファイアー的な?

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