その17
翌朝、アニスは見知らぬ部屋で目を覚ました。
何故かひどく喉が渇いてヒリヒリするし、胸に何かが詰まった様な妙な不快感を感じる。
その不快感が一体何なのかは分からないモノの、まず今は渇きを癒す方が先決とベッドを抜け出し、周囲に視線を巡らせると、窓辺のテーブルセットの上に水差しとコップが置かれているのを見付けた。
水差しの中身が空である事に落胆しつつ、魔法で中に水を満たす。
「水の大樹の命の恵みを我が手の内へ」
呪文を唱えると、手にした水差しには中から零れ出さんばかりの量の水が湧きだす。
生活に便利な魔法は母から習って使えるようになっているアニスだが、未だ細かな魔力の調節は苦手で、いつも少し余分な魔力を使ってしまう。
コップに1杯分だけの水を入れるのは結構繊細な魔力操作能力が必要であり、アニスはまだ成功した事が無い。
また、量を見誤ってしまったとしょんぼりしながら、彼女はコップに水を満たして喉の渇きを癒す。
2杯も飲むと、不快感も大分マシになってきた。
そうすると、どうしてこんな知らない場所に居るのかと言う事を考える余裕が生まれてくるものだ。
傍らのテーブルセットの椅子に腰掛け記憶を手繰っていると、ドアがノックされる音がアニス一人きりしかいない見知らぬ部屋にやけに大きく響く。
咄嗟に返事をしたアニスは大好きな従兄の声が返って来た事に耳を疑う。
「な・なななななななんでお従兄様が?!」
狼狽しすぎて、アニスの返答は噛み噛みだ。
ここに居ない筈の人の声が聞こえたのだから、ある意味当然ではあるのかもしれない。
「とりあえず、中に入れて貰えないか?」
「へ、へへへへへ部屋の中にですの?!」
アニスは狼狽しながら、ベッドとテーブルセット以外にはコレと言った家具の内部屋に視線を走らせる。
――え?
こんな部屋でお従兄様と二人きりになるなんて?!
ちょっぴり、彼女の脳内にピンク色の妄想が花開く。
だが、その妄想はあっという間に彼女の恋焦がれるお相手の言葉で砕け散った。
「……ああ、未婚の女性の部屋に二人きりと言うのは良くないな。下の食堂で待っている。」
「え……」
アニスが言葉を返す間もなく、彼の足音が扉の前から遠ざかっていく。
残された彼女は、ちょっぴり涙目になりながら「そんなぁ……」と呟いた。
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「私が、山人と陸人の文化交流の為にこの村で一年間、生活する……ですの?」
「ああ、そうだ。」
驚きに目を瞬くアニスを前にして、ほんの昨晩決めたばかりの件をディルはシレっとした顔で彼女に説明している。
対するアニスはと言えば、どういう訳だか驚いてはいるモノの、この話に異論はなさそうな様子であり、その事がディルには少し意外だった。
一方のアニスとしては、この話に違和感を感じながらも、ミールが魔飾を作る姿に昨日魅了されていた為、またアレを見る機会がとれるのならば、多少の違和感は気付かないフリをしても良いかなと思っていたりもする。
なんというか昨日のあの光景は、アニスの心を捕らえて離さないものだったのだ。
「その話をしにお前の元に行ったら、部屋がもぬけの殻で泡を食った。」
「……心配して下さったんですの?」
話の真偽はともかく、ディルのその言葉には真実の響きがあり、アニスは胸に何か込み上げるものを感じる。
――お従兄様が、私の事を心配してくれた。
たったそれだけの事が、どうしようもなく嬉しい様な気がした。
そしてその従兄の口から、ミールが彼の玄孫である事や、この村に滞在する間は彼女の家に世話になると言う事、そして今日の晩に自分を歓迎する為の宴が開かれる事を聞き、目を丸くするのだった。
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