その16
明日のパーティの名目は、『アニスの歓迎会』と言う事に決定してしまった。
ちなみに何故、名目がソレになってしまったのか、ディルにはさっぱり見当がつかない。
ただ彼に分かっているのは、『陸人との交流を深める為』にアニスが一年の間この村で生活すると言う事が、ミールによって強引に決められてしまったと言う事だけだ。
「本当に、ソレが必要なのか?」
「そりゃあ、もう。」
ディルが確認のにした質問は、無駄に偉そうなミールの断言で返された。
3日後にあるアニスのお披露目パーティに間に合わせなければいけないと言う事情が無ければ、避けたい話であり、彼は何とかその話を覆せないものかと言い募る。
「陸人との交流なんか、俺と妻との婚姻で既に十分過ぎるんじゃないかと思うんだが……。」
「あら。陸人の中では4代も前の婚姻ですのよ?」
寿命の長い山人の彼にとって、妻が亡くなったのは陸人にとっての5年前程度の感覚だ。
だからこそ、そんな言葉も出るのだがミールは陸人としては50年も前の話だと切り捨てる。
最も、ミールの本音としてはそんな事はどうでもいい。
アニスが可愛らしい同年代の娘であり、あわよくばお近づきになりたくて仕方がないだけなのだ。
「俺はまだまだ現役だ。」
「……ビル。高祖父さまは私達の子供を抱っこしたくないんですって。」
憮然とした表情で酒を煽るディルに、ミールはそんな事を言いだす。
ミール的には、彼が子供好きなのを逆手にとって無理を通そうと言う目論見だったのだが、その言葉に撃沈したのはビルだった。
そりゃあもう、色んな意味で。
口にした酒を噴出してテーブルに突っ伏すビルに驚きの視線を向けるミールに、周りの席から鈍い子を見る目が向けられたのは仕方のない事だろう。
聞き様によって、『ミールとビルの間に生まれた子供』であるとも『ミールの子供とビルの子供(互いに別の伴侶)』であるとも受け取れる言い方だ。
本人の中で、それが後者なのは言うまでもない。
「ああ……。うん。」
思いもよらぬ流れ弾に撃沈した玄孫の姿に、ディルはアニスの滞在については諦める事にした。
これ以上自分がごねると、また彼に流れ弾が行きそうなのだから仕方がない。
それに一年位の間なら、山人の生涯を考えるのならば大して長い訳でもない……筈だ。
少し不確定形になってしまうのは、妻と過ごした40年が決して短い期間では無かったからか。
陸人と結ばれたディルは、妻の存命中はこの村で暮らした経験がある。
その頃の慌ただしくも幸せな生活をふと思い出し、アニスにとって陸人の間で暮らす一年間と言うのも悪い体験ではないかと思い直す。
二度と帰ってこない日々ではあるけれど、妻との短い結婚生活はとても充実していたのだ。
決して、飛び火で精神的に重傷を負いそうなビルの事が可哀相なだけじゃない。
そう心の中で呟きつつ、彼は杯を置き席を立つ。
「明日の昼にまた来る。」
「はい。それまでに手配はしときます。」
明らかに渋い顔をしているディルと対照的に、ミールは満面の笑顔だ。
なにせ明日、上手くアニスを乗せられれば、可愛い女の子との夢の同棲生活が始まる予定になっている。
アニスのホームステイ先は、当然のごとくミールの家なのだ。
そんな状況で、可愛い女の子が大好きなミールが張り切らない筈がない。
ディルは、困った顔で小さくため息を吐くビルの肩を軽く叩くと勘定を済ませて店を出た。
山に帰ったら、アニスの両親に愛娘をヴァーヴ・ヴィリエに一年間滞在させる事を了承させないといけない。
彼の夜はまだまだ長い。




