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ヴァーヴ・ヴィリエの魔飾師さん  作者: 霧聖羅
二話 恋に恋するお嬢様アニス
29/82

その9

 さてさて。

山人の国で国王が一人でお出かけをする事を即決した、その頃。

彼の探し人であるアニスは、無事に完成した|魔力の波動を誤魔化す魔飾ペンダントと顔立ちや髪の色を別人の様に見せるチャーム(魔飾)を首から下げて、遅めの昼ごはんと言うより、既に早めの夕飯を摂る為にミールの仕事場でもある宿へと向かっていた。


「居住区でもない露天に、こんなに広い平らな地面があるのって、なんだか変な感じですわ。」

「居住区?」

「ええ。基本的に私達が暮らす場所は、家族ごとに山の斜面を魔法で掘削して作るのですけれど……。

そうやって作った場所の集合体を、居住区と呼んでるんですわ。」



まさかの横穴式住居!



 ミールの中で、山人の生活のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。

今の今まで山人達の住まう場所は、高き山を穿って建造された神殿の様なものと言うイメージだったのだ。

それが、今の話でミールの脳内では手彫りの洞窟へと大変身してしまった。

なんだか大ショックだ。



こんなに仕立ての良い服を着てるのに、横穴式……。



 チラチラと、横を歩くアニスの繊細な刺繍の施された仕立ての良いワンピースを盗み見る。

髪も艶やかに梳られていて、ほんのりとお化粧までして小奇麗にしている彼女の住まいは横穴式……。

ついつい、思考が横穴式住居に偏ってしまう。

何か別の話題にずらそうと思いながら、ふと、気になった事が口をついて出た。


「家族ごとに別々に作って、他の家とぶつかっちゃったりとかはないの?」


 別の話題を振ろうと思っていたミールが口にしたのは、結局、横穴式住居の話題だった。

仕方がない。

やっぱり気になったんだから。

同じ話題でも、原始的なイメージになってしまっていた生活水準の話題が口からポロリと出なくて良かったと、こっそり胸を撫で下ろす。


「その辺りはきちんと管理してますし、いざとなればその付近を育てればいいだけですから。」


 山人が『山』を育てる種族だと言うのは有名な話である。

一体どのような形で『育てる』のかは知られていないが、こうして聞いて見ると随分と融通が利くらしい。



そう言えば、魔法を使ってとかと言ってたし、ただ掘っただけの代物とも違うのかも。



 ミールは、自分が作ってみる事を想定して、横穴式住居のイメージをちょっとランクアップさせて見る事にしてみる。


「……イメージが元に戻ったわ。」

「どうなさったの?」

「いいえ、ちょっと独り言。」


 案外、簡単に脳内イメージは復旧した。

すっきりさっぱり元通りである。

ついでに山人達の生活水準のイメージも修復されて、万々歳だ。

今、ミールの脳内で彼等は洗練された横穴式住居で、いい感じに着飾り優雅に暮らしている。

年に一度訪ねてくる、澄まし顔で洒落者な高祖父が原始的な生活を送っているとはやはり思えないので、きっとこちらの想像の方が正しいのに違いない。


「そもそも、空の下を歩くのは保護者……両親が居る時位ですの。」

「えええ?」

「山に生息している魔物は結構手強いですもの。」

「……確かに。」


 アニスのその言葉に、ミールは咄嗟にハンターギルドの手引書に記されている魔物の生息地域の一覧を思い出す。

アニスが暮らすデュパール山には、巨鳥の類が色々と生息していた筈だ。

中には、大イノシシですら攫い上げていくモノも存在する筈である。

人族なんかはもっと楽々と連れ去られるのに違いない。

山人の国に、魔よけの魔飾の様な大掛かりなモノを設置した事があると言う話を祖父から聞いた事もない事だし、おそらく彼等はそれらの襲撃を地道に撃退しているのだろう。

今のアニスの話しぶりからすると、それは成人した者の役割のようだ。


「子供って、青空の下で遊ぶのが普通だと思ってましたから、なんだか衝撃的。」


 ところかわれば……。

とは言うモノの、距離としては大して離れていない場所の話の筈なのにと、ミールは驚きを隠せない。

この村からならば、王都の方がアニス達の住む場所より遠いのだ。

こう言う事は、単純な距離だけでは計れないと言う事らしい。


「……私ね、お見合いが嫌で逃げ出してきたの。」

「ああ、お見合いですか……。嫌ですよねぇ……アレ。」


 やっとアニスの口から出てきた家出の原因に、ミールは思わず心の底から嫌悪の言葉を吐きだした。

ミール自身も見合いの経験はある。

魔飾師としての才を祖父に見いだされなかったなら、今頃は大して好きでも無い相手の元へ嫁いでいたのかもしれないと思うと、ちょっとゾッとしない。


「しかも、しかもです! 私、小さい頃から好きな方が居るのに!!!」

「それは耐えがたい。」


 ミールの声音に込められた感情に力を得て、アニスは堰を切ったかのように語りだした。

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