その8
アニスの魔力の性質を誤魔化す為の魔飾が出来上がる頃、デュパール山王国では大騒ぎになっていた。
今年成人したばかりの、王の従妹であるアニスの為のパーティを三日後に控えていると言うのに、当の主役が行方不明になっているのだから当然だろう。
「全く、あの子は一体何を考えて……。」
若き国王であるディルの執務机の前で項垂れるのは、アニスの父親であるロドニグだ。
「今朝はまだ、私室に居たのだろう?」
「そう聞いております。」
「で、今は使われていない居住区も探した上で見つからない……と。」
「左様にございます。」
ディルは書類にペンを走らせながら、彼の言葉を反芻して「ふむ」と呟く。
今は丁度、おやつ時を少し回った時分だ。
アニスがもし、朝食をやりすごした後すぐに姿をくらませたのだとすれば、随分と時間が経っている事になる。
たとえ魔力の扱いに長けている山人であっても、アニス程度の魔力の形跡を追うのが既に難しくなっている程度には。
当代一と言われている現国王の従妹であるアニスは、山人としてはまだ魔力が多い方でも無く、その特徴も掴み辛い。
これから30年かけて魔法を学び、魔力の鍛錬を行う事によってそれらは明瞭になっていくのだ。
となると、通常の手段で隠れたと言う訳ではないな。
全く手間のかかる従妹殿だ。
心の中で呟くと、やりかけの書類をさっさと片付け立ち上がる。
ここでぐずぐずしていると、ディルですらその痕跡を見つけるのが難しくなってきてしまう。
時間を無駄には出来なかった。
「転移陣の間に向かう。」
「……! ありがとうございます!」
その言葉だけで、何の為の行動か理解したロドニクはサッと頭を下げた。
山人の特徴は、暗色系の髪色に薄い色の瞳に白い肌の美しくも長命な一族であり、生来の強大な魔力を用いての魔法の達人揃いと言うのが一般的な陸人の認識だ。
実際にはこれにプラスして、女神フィリステールへの祈りの歌を捧げることで土地を育成し、それにより人々の住む土地を誂える事が出来ると言う事は、各国の上層部以外にはあまり知られていない知識である。
そして山人達は生来の魔力が多いだけではなく、その扱いにも長けてた種族だ。
魔力には個々人ごとに独特の波長があり、ソレの扱いに長ければ長ける程に他者の魔力の気配にも敏感になる。
とはいえ、他者の魔力の痕跡を辿る事が出来るのはよほどそれらに秀でた者のみであり、現状最もそれらに長けたディルでも丸一日も経ってしまうと、もう辿る事は出来ない。
転移陣の間は特別警備の者が居る訳ではなく、ある程度高所に手が届く者ならば誰でも中に入れるようになっている。
万が一、幼い子供が入り込む事が無い様に高所に鍵が設置してあるのだ。
いつもは人気のないその場所の入り口に今は、何人かの山人達がディルの訪れを待っていた。
中に入って、アニスの魔力の残滓が乱れるのを恐れたらしい。
実際には、空気の乱れによってどうこうなる代物ではないのだが、そうと知っていてもやはりなんとなく避けたいと言う気持ちになるのだろう。
転移陣の間にある魔法陣は、1段高くなった場所に個別に直系3メートル程の代物だ。
最大で3名までは同時に転移する事が出来るが、基本的には1人を転移させる為の陣である。
現在使う事が出来るようになっているのは、6つ。
シャパネル山王国、デカルト山王国、ベルトラム王国地方都市セルブール、ルシュール王国地方都市ベルグブルグ、クレティエの里、ヴァーヴヴィリエの6箇所へと通じていもののみ。
これらの転移陣には、故意に行き先の表示がされていない。
正式に他国へと赴く場合は、その地へ行った事のある経験者が必ず同行する為問題ないのだが、同行者がいないアニスがこれを使うのには、随分と勇気が要ったのではないかとディルは思う。
「もう、ここからどこかへ向かったとしか思えないのです……。」
まぁ、そうだろうな。
……それにしても、三日後のパーティがそんなに嫌だったのか。
ロドニクの言葉を聞き流しながら、部屋の中に残るアニスの魔力の残滓を辿る。
案の定、転移陣の間に残っていたアニスの魔力の残滓はわずかなモノだ。
アニスは随分とどれを使うか悩んだらしく、部屋の中を散々ウロウロしたらしい。
その痕跡は、うねうねと入り乱れていてとても見づらくなっている。
「向かったのは、ヴァーヴヴィリエだな。」
「では、早速迎えに参ります!」
「いや。幸い急ぎの仕事は済んでいるから、私が行く。」
「ですが……。」
「偶には、孫の顔を見に行きたいからな。」
渋るロドニクを手を振って追い払うと、転移陣を起動させた。
そういえば、孫は夜叉子に魔飾師の仕事を継がせたんだったな。
この件が終わったら、改めてお祝いを用意しようか。
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