その5
ミールに出された紅茶の香りを吸い込むと、アニスは幸せそうな笑みを浮かべて唇を湿らせる。
淹れた本人も同じ様にしながら、『さすが、私。』と心の中で満足げに呟く。
実際にはミールの淹れる腕前が良いのではなく、彼女の作った魔飾の能力の賜物なのだが。
まぁ、回りまわればミールの腕前と言えなくもないかもしれない。
「宜しければこちらもどうぞ?」
「ありがとう。」
その言葉は紅茶を飲んで少し気持ちが緩んだところで、勧められたアニスは嬉しそうに皿に綺麗に盛られたクッキーを手に取った。
ナッツが沢山入ったクッキーはサックリしていて、齧ると香ばしい香りが口に広がる。
『具合が悪い』と言う嘘を信じさせるために朝食を抜いていたアニスは、ソレを一口含んだらもう、手が止まらない。
よっぽど気に入ったのか夢中で頬張るアニスの姿を、ミールは微笑ましげに見つめている。
ミールが手をつける前に姿を消したクッキーの載っていた皿を、まだ物欲しげに見ているところをみると、アニスは随分と空腹だったらしい。
「それで……こちらまでどうしてこんなところまで?」
その問いに、アニスは途端にうろたえた様子で視線をさまよわせた。
一体、なんて答えたらいいのかしら?
空腹感が満たされたことにより少し落ち着いて考えてみたら、初対面である目の前のカモミールという少女が何も聞かずに自分を歓迎してくれているのは奇妙な事だと言う事に、やっとアニスは思い至る。
これで、正直に『家出してきた』などと口にしようものなら、即座にここから追い出されそうだ。
一応、部屋で寝ている様に偽装はしてきているから即座に追っ手が来る事はないだろうけれど……。
そういえば、転移陣の前にあった家でのんびりとお茶を飲んでいるなんて、考えてみたら「すぐに捕まえて下さい」と言っているようなもんじゃないかとアニスはやっと気が付いた。
転移陣の目の前にある家だということは、よく考えなくても自分達山人とそれなり以上に交流のある人物が住んでいると考える方が自然だろう。
だとしたら目の前の少女は、追っ手が来たらすぐに引き渡せるようにと、アニスをここに引きとめてるのに違いない。
まずい。
まずいわ!
怪しまれない様に、早くここから離れる方法を考えないと!
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アニスがそんな事を考えているなどとは、欠片ほども考えていないミールは、急に青くなって落ち着かない様子を見せる彼女の態度に暢気に首を傾げている。
やっぱり、ワケ有り?
となるとお山から追っ手が来るかもしれない。
ミールとしてはこんなに可愛らしい厄介事の種を、みすみす逃すつもりはない。
アニスはちょっぴり小柄で真っ直ぐな濃紺のストレートヘアーにくりくりとした大きな瞳の、まるで人形の様な美少女なのだ。
実年齢と外見が比例しない山人だから、『少女』っぽい見かけは本来当てにはならない。
彼等はゆっくりと年をとっていき、陸人で言う15~25歳程度の年齢で肉体の成長を止めるのだ。
しかし、彼女の先程からのふるまいを見る限りではミールとの精神年齢は大して変わらなそうである。
チコリとはまた違うタイプの少女であり、『女友達』に飢えているミールにとって大変魅力的な存在だ。
お近づきになる前に、連れ帰られでもしたらきっと泣く。
全世界のミールが大号泣だ。
間違いない。
「えーっと、家出してきたんでしすよね?」
「?!」
まずは、どういう状況なのか確認しなくてはと、いささか直球にすぎるかなと思いつつ訊ねて見ると、想定以上に真っ直ぐな驚きの眼差しが返ってくる。
半ばミールが想定していた通りの純粋さに、思わず胸がキュンキュンしてしまう。
想定以上の純真さ!
なんて可愛らしいんだろう……!
キュンキュンしてしまうのはもう、ミールの本能というか修正の様なものだから仕方がないが、大変な事がバレてしまったとばかりに、今にも逃げ出しそうになっている少女を安心させるのが先決だ。
「それじゃあ、まずは探しに来た人が簡単に見つけられない様にしましょうか。」
驚きに目を瞠る彼女に、ミールは優しく微笑みかける。
「私、可愛い女の子の味方なんです。」
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