その4
明るい緑の髪の――カモミールと名乗った少女が扉に手を触れると、軽やかな鈴の音が辺りに響く。
中に入ると、アレだけ固く閉ざされていた窓が勝手に開いていくのが見えて、アニスは驚きに目を瞠る。
「ちょっと、ここに座って待ってて下さいね。」
「あ、はい……。」
すっかり開ききった窓から風が流れ込んできたお陰で、部屋の中に籠っていた暑い空気が一掃されるとそこは随分と居心地の良い空間へと変身した。
入り口を入ったところはそこそこの広さの部屋になっていて、中央には三脚の椅子とセットになったテーブルが置かれている。
アニスはカモミールに示された椅子に腰かけると、彼女が奥にある扉から出ていくのを見送ると、部屋の中を落ちつかな気に見回す。
部屋の中にある奥に通じる扉が二つあるのは何故?
その扉の前に、横長の背の高めなテーブルが置かれているのは一体どうして??
あんなものがあったら、奥の部屋に行き辛いんじゃないのかしら???
不思議で不思議で仕方がないが、今までアニスが読んだどの本にもこんな変わった部屋の事を書かれた物はない。
ただ……。
そんな変わった部屋ではあっても、アニスは何とも言えない安心感をそこに感じて、その口から「ほぅ」と小さな吐息が漏れる。
初めての場所なのに、どうして?
なんだか、とっても懐かしい感じがしてとても落ち着く……。
更に言うなら、今さっき会ったばかりのカモミールに対してもその感覚があり、アニスはソレが何故か分からずに首を捻った。
まるで――そう、|同じ山人(近しい存在)と一緒にいる様な、そんな錯覚を感じるのだ。
思考の隅でその事を不思議に思いながらも、彼女は右手の壁に埋め込まれたショーウィンドウの中身が気になって仕方がない。
その中に飾られているモノたちからは、部屋の照明をうけてキラキラと光を反射しているだけでなく、優しげな魔力の波動を感じるから。
ああ。
そう言う事ね。
それで彼女は勘違いをした。
その、優しい魔力の波動を感じるお陰で、この場がとても居心地良く感じるのだと。
実際のところそれは、当たってもいるし外れてもいる。
なにせ、彼女とカモミールは少し縁遠いとは言え、血のつながりがあるのだから。
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アニスが、店の応接用に置いてあるテーブルでソワソワしていた頃。
ミールは深いため息を吐きながら、お茶の用意を始めていた。
憂鬱なため息の原因は、店で待たせている山人の娘。
チコリに続いて、特別な依頼のお客様かと期待に胸を膨らませていたのに、彼女がそうでないらしいと言う事は少し言葉を交わしただけでも理解出来た。
なにせ、この家に住んでいるのが魔飾師だと言う事を知らないのだ。
それじゃあ、依頼なんてしようがないではないか。
「家出……というところでしょうか。」
彼女がここに来た理由について色々と考えた結果、結局ミールの予想はそこに落ち着いた。
とはいえ、その原因についてはトンと見当がつかない。
ただ、厄介事の種がやって来たらしいと言う事だけは明白だ。
「全く。おじい様、恨みますよ……。」
そう呟いてデュパール山脈の方に視線を向ける彼女の表情は、言葉とは裏腹に楽しげなものでどちらかと言うとその厄介事を喜んでいる様に見える。
用意のできたティーセットとお茶の時間の楽しみにと仕舞ってあったお菓子をお盆に載せて山人の娘の待つ、店舗へと向かう。
「そう言えば、あの子の名前もまだ聞いてなかったっけ。」
さてさて、一体どんな厄介事を持ってきたのかしら?
ミールは店舗に繋がる扉の前で笑顔を取り繕う。
流石に、締りのないニヤニヤ顔で戻る訳にはいかないし。
きちんと取り繕えているかを扉の傍らにある姿見で確認すると、彼女にお茶を振る舞う為に扉を開けた。
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