その2
アニスはデュパール山の氏族内で一番年の若い娘だ。
いや、訂正しよう。
アニスは、デュパール山の氏族内で一番年の若い結婚適齢期を迎えたばかりの若い娘だ。
齢は150。
陸人と比べて成長速度が遅い山人は、陸人のおおよそ10倍程の年月を掛けて大人になる為、今年150歳になったばかりの彼女は、丁度陸人で言う所の成人を迎えた程度という事になる。
成人=結婚適齢期というモノでもある。
そのせいもあって、もうそろそろ彼女の嫁入り先を決める頃合いだと言う話が持ち上がるのも、特別おかしな話ではない。
……のだが、本人の中ではソレは大いなる問題だった。
アニスには――幼い頃からずっと思いを寄せる相手がいるのだから。
山人はきわめて豊富な魔力をもち、長い寿命をもつ種族だ。
よっぽど運が悪く、事故や病気にでもかからない限りは、最短で500年。
長ければ1000年以上は生きる……らしい。
『らしい』と言う不確定形になる原因は、大体の山人が500も年を数えるとその後は面倒になってしまうからだ。
それでも生まれ年は覚えているので、逆算する事もできなくもないのだが――そこまでして個人の年齢を調べるのはよっぽどのモノ好きだろう。
ちなみに、山人達はその長い寿命と引き換えなのか、子供が出来辛い。
これでも、今から500年ほど前に出生率の減少の原因が分かったことにより出生率は上がっている。
血統の偏りが原因であった少子化は他氏族との間で婚姻を行う様になってから、十年から二十年に一人産まれるようになったのだ。
この出生率でも、それ以前は百年から二百年に一度という割合だった上に、五体満足で産まれる者の方が稀であった為、今では同氏族内での婚姻は禁止されるようになっている。
現状、出生率が増えてはいるが、それでも尚、今も他の種族との人数の差は大きく種族全体で考えるなら危機的な状況が未だ続いているのだ。
その為、適齢期に達したアニスにも早く結婚して子を為して欲しいと言うプレッシャーが圧し掛かってきている。
大事な事だからもう一度言おう。
アニスには、幼い頃からずっと思う人が居るのに、だ。
このままなにもせずにいたら、候補者と引きあわされてしまう。
それでは彼の心を自分の方へと向ける為の努力をする事も出来ないし、他氏族との婚姻を望む氏族達がそれを応援してくれるとは思えず、むしろ、自分が彼を思っている事がバレてしまったら、無理にでも適当な相手に嫁がされてしまうに違いない。
そんな事は、どうあっても避けたかった。
だって、なにもしないうちからこの恋が終わってしまうなんてあんまりだろう。
そんな訳で、アニスは山出した。
アニスの想い人というのは、従兄だ。
200歳年上のその従兄は、現在はデュパール山王国の国王として多忙な日々を送っているのだが、愛妻家で有名だった。
その妻が老衰で亡くなってから、既に100年以上の時が経っており、最近ではまだまだ若い国王に後添えをという声が上がってきている。
彼の従兄が国王の座に就いたのは、その類まれな魔力によってである事は山人の間では有名だ。
その彼がまさかの陸人を連れ合いとした時には氏族の者たちは絶望のあまり地に膝をついてしまったのは、まだまだ記憶に新しい。
しかも、その妻との間に産まれたのは陸人の子供が二人だけ。
他種族との間の婚姻で産まれる子供に混血児というモノは生まれず、必ず両親のどちらかの種族として生を受ける。
せめて魔力の豊かな山人の御子が授かればと言う、山人達のせめてもの期待はそこでも裏切られた。
今度こそは、同じ山人の中から連れ合いを選んで貰い、次代を担う御子を授かって欲しいと言うのはある意味当然と言えなくもない。
本人の意思は別として。
だから、アニスはその座に何とか収まりたい。
確かにそれは、今では半ば禁忌とされてしまっている同氏族間の婚姻になる。
それでも、彼女は皆の望む『同族の妻』になる事は出来るのだ。
お兄様の妻になる、その為にはどうすればいい?
取り敢えず、今よりももっともっと魅力的になるしかない。
でも、時間が無い。
どうやって?
答えは、まだない。
それでも悩む間に、猶予が無くなっていく。
アニスはデュパール山王国とより有効的な国――ベルトラム王国への転移陣の間へとこっそり忍び込むと起動する為の魔力を注ぎ込む。
取り敢えず今は見つからない様に、どこかに隠れなくっちゃ……。
淡い金の光にアニスの姿が包み込まれ、一瞬の内にその場所から消え失せる。
その転移陣が、ベルトラム王国のヴァーヴヴィリエという小さな村へ通じていると言う事を、アニスは知らない……。
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