その1
ヴァーヴヴィリエのハンターギルド受付嬢、ミールの朝は早い。
季節によっては日が昇る前の5時頃には目を覚まして身支度を手早く済ませると、6時になる前には受付に立たなくてはならない。
実のところは、つい最近まではそうでもなかったのだが、一人のハンターが村に常駐する様になった為に朝が早くなったというのが本当のところだ。
元々、本業との兼ね合いで夜も遅めの彼女は、最近は昼寝をして睡眠不足を補っている。
「本業に触りが出ると困るから、朝はあたしが変わっても構わないんだよ?」
「でも、あんまりお姉さまに頼りっぱなしというのも申し訳なくて……。」
村に居つく事になった、たった1人のハンターが今日の狩りへと出掛けて行くと、宿の女将のロベッジがミールに熱いコーヒーの入ったマグを差し出しながらそう告げる。
女将は、10歳も年下のこの少女がこの村にやってきた時からずっと、実の妹であるかのように可愛がっていたから、今までと急に生活のリズムが変わってしまったミールの事が心配で仕方ない。
「それに、お姉さまは子供が2人も居るんですもの。」
「この時間じゃ、まだ寝てるから大丈夫。まぁ、考えといとくれ。」
女将の言葉に頷き、手を振ると大欠伸をしながら工房へのんびりと戻る。
実際、本業が真夜中だからこの時間は少しきついかな……。
とは言え、この村唯一のハンターであるチコリが狩りに出掛ける時にはきちんと見送りたいと言うのがミールの本心だ。
そこに『仕事』をしているという気持ちは一切ない。
ただの仕事ならば他にいくらでも自らの負担を軽くする方法はあるのだ。
前日の内に、翌日の受付を済ませておくとか、もう一人受付の人数を増やして欲しいとギルド本部にかけあうとか。
それをしないのはただのミールの我儘で、それだって、チコリが出掛ける時に「いってらっしゃい」。
帰ってきたら「おかえりなさい」を言いたいと言うそれだけのことだったりする。
それじゃあまるで新妻だろうと言うツッコミは、本人耳には届かない。
都合の悪い事は聞こえない、便利な耳を彼女は持っているのだ。
ちなみに『心の友』というのも、まだミールの一方的な片思いだ……と思っている。
片思いだから、もしかしたら叶わないかもしれないけど。
ネバーギブアップよ、ミール。
彼女は今日もそうやって自分の心を奮い立たせた。
友達になりたいだけだから多分叶うに違いない……と本人は思いたがっている。
実際のところ、チコリにそれを訊ねたら「え、友達じゃなかったんですか?」とショックそうな顔で言いそうではあるのだが。
つらつらと、チコリともっと仲良くなる方法を考えながら木立の中を歩いていく。
ヴァーヴヴィリエは、森の中に何かの要因で出来た空白地点を利用して作られた村だ。
そのせいもあって、村の形はいびつな『く』の字型になっており、一見細長くなっている様に見える。
実際には、『く』の字の凹んだ部分に1軒の家が経つ程度の空き地があり、そこにミールの工房がある為に、村の周囲を囲む魔獣除けの結界はひし形に展開しており、その結界の内部がヴァーヴヴィリエという村の敷地だ。
とは言え、ミールの工房までの道のりには一応本人が出入りする内についた、細い獣道の様なものはあるものの、『ここに家がある』と知っている者しか訪れる事はない。
なにせミールが生えている木を避けながら刻んだ小道はうねうねと曲がりくねっていて、見通しが利かないのだ。
そんな家の近くに人の気配を感じて、ミールは立ち止まると木立の間を透かし見る。
「森人のチコリさんの次は、山人の女の子ですか……。」
視線の先に居るのは、濃紺の髪色をした色の白い一人の少女。
「さてさて。今回のお仕事はなんでしょう?」
今年に入って成人した事が認められて、祖父から魔飾師の仕事を継いで7カ月。
チコリに続いて、ミールの代になってからやっと2人目のお客様になる。
今度のお客様は一体何を必要としてるんでしょう?
ミールは期待感に胸を高鳴らせながら、工房の前で待つ少女に挨拶の声を掛けた。
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