その2
チコリは森人だ。
フィリステールというこの世界における森人と言うのは、森を育て、維持し、管理する種族の事を差す。
森で生きる種族は森人以外にも居り、その種族も含めて『森人』と呼ばれる事もあるのだが、今回は関係ないので割愛させてもらいたい。
森人は小麦色の肌に黄緑~濃緑の髪色であるのが特徴のほっそりとした種族で、魔法も得意ではあるもののそれ以上に弓を得意とするものが多い。
そんな森人の中にあって、チコリは自らの弓を扱う才のなさに絶望していた。
練習の時ならば何の問題もない。
他の物と同様に、9割は自らの思った通りの場所に矢が吸い込まれる様に命中する。
動く的でも、動かない的でもその事に変わりはなかった。
だからこそ、20歳になって成人した3年前。
この世界でもっとも人口の多い陸人達よりも、成人するのは5年遅いが、森人の20歳は陸人達の成人する15歳と肉体の成長度合いに関しては大して変りがない。
森人の方が陸人よりも少し、寿命が長い分成長速度がおそいのだ。
そんな訳で、彼女は父母と同じ様に、当然のごとく陸人の町へと出向き、自信を持ってハンターギルドに登録をした。
ハンターギルドに登録した者は、基本的に4~6人組で行動する事が多い。
チコリは幸いなことにギルドに登録してすぐに共に行動してくれるパーティが見つかった。
森人は弓の扱いはもとより、陸人よりも魔法の扱いに長けている事もあり、期待をもって彼等は彼女を受け入れたのだ。
それなのに、実戦となると彼女の放った矢は全く見当はずれな場所に飛んで行ってしまうと言う、狩人として致命的な欠陥が判明したのは、初任務の最中の事。
何故か彼女の放つ矢は、実戦になると明後日の方向へと飛んで行ってしまうのだ。
チコリは、初心者ばかりのそのパーティと1ヶ月間行動を共にした後、別のパーティを探す事になった。
初心者パーティに実入りの良い仕事はなかなか無く、その為足手まといを連れ歩くような余裕はなかったのだ。
練習の時にしか当たらない矢なんて、何の役にも立たない。
何か、別の方法で貢献できるようにならなくては。
そう思い、剣技も齧ってみたのだがそちらはもっと才が無かった。
何故自分の振りかぶった剣で、自らが怪我をするのかは本人を含めた者にとって、謎でしかない。
パーティに入れて貰えても、彼女が出来るのは荷物持ちと解体作業位なモノ。
解体はハンターになる者はみんなが出来るし、荷物持ちなんてなにもチコリである必要がない。
荷運びを専門に請け負う者に頼んだ方がよほど安上がりなのだ。
その為彼女がただのお荷物にしかならないと言う事は、あっという間にギルドメンバーに知れ渡る。
段々と、荷物持ちとしてですらお呼びが掛からなくなり、ギルドの下請け仕事をしながらその日暮らしを繰り返すようになってしまった。
日々の暮らしに追われるようになると、弓の修練などしている余裕もなく、彼女の弓の腕前はみるみるうちに衰えていってしまう。
そうなると当然、ハンターギルドに所属する最低限の条件である、ランクごとの年間依頼達成数を満たす事は出来なくなる。
気が付けば、チコリの艶やかだった青緑の髪は埃にまみれ、切りそろえる金もなかった事もあってハンターに登録した時には耳の辺りで切り揃えられていたのに、いつの間にか三つ編みが出来る程の長さになっていた。
3か月前にはとうとう、今後どうするかを真剣に考えなくてはいけない日がやってきてしまい、今はハンターを引退した母の元に相談する為、帰郷する事にすることを決意する。
今にして思うと、ソコが運命の分かれ道だったのだろう。