その19
チコリは今、工房の奥に位置する居間のテーブルでミールと向かい合って朝食をつつきながら、昨日作られた魔飾についての説明を受けている。
今日の朝食は牛乳を掛けたシリアルだけの、超手抜きメニュー。
ミール曰く、「ちゃんとしたご飯はお兄さまのところで食べますから。」だそうだ。
それを聞いたチコリは、ひっそりとミールの料理の腕前について言及するのをやめた。
深く追求しないのは、優しさと言うよりもチコリ自身も焚火で肉を炙る位の事しかした事が無いせいでもある。
誰だって、下手につついて藪から蛇を出したくないだろう。
それに、焚火で炙っただけの肉も、牛乳を掛けただけのシリアルも、それはそれで美味しいものなのだから特別な料理ができなくっても問題ないのだ。
……まだ結婚なんてモノもする予定はないのだし。
陸人であるミールはともかくとして、森人で寿命も長いチコリはまだまだ結婚適齢期終了間近なんていう年齢ではないから、それまでに覚えれば問題ないったら問題ない。
まぁ、それを言うならミールもあと5年位は問題ないはずだけど。
「……取り敢えず、耳につけておけば勝手に私の魔力を消費しながら効果を発揮する。……と言う事で間違いないですか?」
チコリは互いのちょうど真ん中に置かれた、柔らかい布製の台座に載せられた銀のイヤーカフスに視線を落としながら今さっき聞いた話を端的にまとめて確認してみる。
彼女の理解に問題はなかったらしく、ミールは返事の代わりに穏やかな笑みを浮かべて優雅な手つきでシリアルを口に運ぶ。
「ただ、良く分からなかったのは『成長型の魔飾』って言う部分だけど……。」
その疑問にミールは「ああ」と声を上げる。
「『成長型』と言うのは、装着者の心身の成長によって形を変えるタイプの魔飾です。」
「心身の成長?」
「実はチコリさんの不調の理由は、自信のなさからきているものなんですけれど……。」
「自信、ですか。」
言葉を探して視線を彷徨わせるミールの言葉に、チコリは朝っぱらから苦い薬を口に押し込まれた気分になってしまう。
自分に自信が無いなんて事は、人に言われなくても分かりきった事で、それを仲良くなったミールの口から聞きたくなんかなかったのだ。
今、チコリは心の中で吐血している。
クリティカルヒットだ。
どちらかと言うと、痛恨の一撃と言った方が良いかもしれない。
「細かい事は置いておきますけれど、着けている内に段々と自信が付いて来るですよ。」
ミールは、自分がチコリの精神に甚大なダメージを与えた事に気付いた様子はなく、彼女が知りたいであろう説明を綺麗に省いてにっこりと笑う。
「取り敢えず、一度それを着けてから外して見て下さい。そうしたら、変化が分かりますから。」
「拒否権は……。」
「ハンターを完全に諦めるなら……になっちゃいますけど、できますよ?」
「えええ……。」
「ギルドからも予算が出る、リトライ期間に入る為の条件なので。」
「初耳です。」
「有望なハンターを手放さない為の手段ですからね……。魔飾のお値段の4分の3はギルドから出るんですよ。」
「あと、チコリさんが負担する分については、三年の間、毎月銀貨一枚の分割払いになりますね。」
三年間……。
一年は十二カ月だから、三年間だと36カ月。
毎月銀貨一枚づつという事は、本来144銀貨の価値がある魔飾を、36銀貨で買えると言う事らしい。
まぁ、どのみち選択肢はないんですよね。
チコリは心の中でため息混じりに呟き、銀製のシンプルなイヤーカフスを手に取ると耳に飾る。
その瞬間。
魔飾を付けた耳に、熱が集まり体内の魔力がそこに集中するのを感じる。
思わず息を詰め、目を閉じた途端にその感覚が霧散した。
驚きのあまり早くなった鼓動が収まったところで、ソレを外してみると、その変化とやらに思わず間抜けな声が漏れる。
裏に魔飾特有の幾何学模様と輝石がちりばめられている事以外には、何の特徴も無かった銀のイヤーカフスは、今は植物の芽の様な形になっていた。
「その双葉が、大輪の花を咲かせられる様に頑張りましょうね。」
驚きのあまり、口をパクパクさせながらミールに視線を向けたチコリに、彼女は慈愛に満ちた笑みを向ける。
「花が、咲くんですか……。」
「まずは、大イノシシを仕留めるところからですね。」
呆けたように訊ねるチコリに返ってきたのは、何とも非情な言葉。
ウサギの一羽も仕留められない自分に何を求めるのかと、狼狽するチコリに、彼女はまた笑う。
「ソレをきちんとつけて行けば大丈夫です。ただし、お一人で。」
何度か口を開けては閉じてを繰り返し、言うべき言葉を探したものの、適切な言葉は結局チコリの頭には思い浮かばすに悄然と肩を落とすと、小さな声で問いを返す。
「期日、は?」
「ハンター証の有効期限が切れるまでの2週間以内です。転送袋の貸し出しも致しますから頑張って下さいね。取り敢えず必要なモノを取りに一度、宿に戻りましょうか。」
「はい……。」
今日、私ってば死んじゃうんじゃないのかな?
チコリは、屠殺される鶏にでもなった気分でミールの後に続いた。
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