その17
ミールの工房は、入ってすぐの部屋は小さな店舗になっている。
店内に入ると、小さな丸テーブルとイスが三脚。
奥には胸くらいの高さで部屋の端と端を繋ぐほど長いカウンターがあり、奥の二つの扉へ続く道を閉ざしている。
右手の壁にガラス張りのショーウィンドウがあり、その中にサンプル品の魔飾が展示されているのが、何とか魔飾を扱う工房だと言う事を感じさせた。
魔飾と言うのはチコリの感覚からすると、大変な高級品だ。
だからいままで、なんだか敷居が高く感じて居た為に魔飾師の経営するお店に足を踏み入れた事はない。
天井から降り注ぐ柔らかな光源を見上げて、感激した様な声を上げると、キョロキョロと物珍しげに店内に視線を巡らせはじめる。
さっき食堂で聞いた話しから、魔飾師と輝石師の仕事には共通点がある様に思えたのに、チコリが何度か入った事のある輝石師の店とは随分と違っていて、彼女はソレを不思議に思う。
とは言えそれは、この村の輝石師の店をみたらまた別の感想になるのかも知れなかった。
ミールは物珍しげに店を見回すチコリの様子に頬を緩めると、カウンターの左端にある出入り口を開けてその向こう側の右手にある扉へと彼女を誘う。
「後でゆっくり見られますから、まずは当初の目的を済ませちゃいましょう?」
「あ、はい。」
そういえば、魔飾を作るところを見せて貰うんだった。
ミールの言葉に、何のためにここまで来たのかを思い出して、チコリは赤面した。
少し、後ろ髪を引かれながらも素直にミールの後を追って扉をくぐり抜けると、そんな気持ちはあっという間に霧散する。
そこは、静謐な空間だった。
中央は一段高く大きな正方形の台のようになっており、そこに天井に張られた大きなガラスの天窓を通して月の光が降り注いでいる。
ミールの後に続いて、その台へと近づくとその表面には精緻な紋様が刻み込まれており、チコリはその美しさに目を瞠る。
「これは……?」
「魔飾生成の儀をおこなうための魔飾陣です。」
いつの間にかトレーを手にしたミールが、その台の模様の真ん中にしゃがみ込みながら銀色に見える何かを置くと、その周囲を囲う様にピンセットの様なもので微かに月の光を反射する物を並べていく。
良く良く目を凝らして見ると、真ん中に置かれたのは耳飾りの様で、その周りにちりばめられているのは極々小さな輝石の様だ。
あれ?
ピンセットと言うよりも、なんだか耳カキみたいな形??
輝石を配置する為に使っている棒を、チコリは最初ピンセットの様だと思って見ていたが、近くで見てみるとそれは挟む様な形状にはなっておらず、首を傾げながら自分の知るなかで一番形状が似ているモノを思い浮かべる。
魔飾棒と言うのが正式名称だが、彼女はそんな道具がある事を知らないから仕方がない。
ミールは台の上での作業を終えると、しゃがみ込んだままの姿勢でチコリを見上げて問いを発する。
「チコリさんの魔飾は、融合型と着脱可能型のどちらにしましょうか?」
「は? 融合??」
「うっかり失くしちゃったり、盗まれたりって事は無くなりますけれど、ちょっとおしゃれの幅が狭まりますし、一生取り外す事が出来なくなるのが難点ですねぇ……。」
ナニソレ、コワイ。
チコリはミールからの問いに、一体、なにと融合させられるのかと心底怯えた。
彼女はミールから、イヤーカフス型の魔飾を作ろうとしていると言う事を聞いていないから余計だ。
今、チコリの頭の中には入れ墨のように魔飾紋様を刻まれた自身の姿が浮かんでる。
魔飾紋様の要所要所に、輝石が填まっている姿までバッチリ想像できているあたり、随分と想像力がたくましい。
ちなみにミールの中での予定では、取り外しのできないと言うだけのイヤーカフスだ。
「着脱可能型で……。」
「ですよね。じゃあ、装着者との親和性を高める為に髪の毛を1本頂けますか?」
チコリの声が震えていたのが気になったモノの、ミールは自分の想定通りの返答に頷きながら別の物を要求する。
この要求の為にミールは、ちょっとおっかない感じのする『融合型』なんて言う発言をしたのだ。
ちなみに、生物との融合型の魔飾は禁術にあたる。
大昔には融合型の魔飾を施した陸人による他種族の蹂躙劇などと言うモノがあったらしい。
封印したい血塗られた歴史と言うヤツだ。
万が一、融合型を希望されたら「でも、禁術なんでやっちゃダメなんですよ。」と言いながら同じ要求をするつもりだった。
案の定、先に選択を迫られた怖そうな選択肢の代わりに必要ならばと、チコリは喜んで髪の毛を差し出す。
その手が、少し震えてるのはご愛嬌だ。
彼女はまだ、融合型の恐怖から抜け出せていないだけなのだし。
ミールは受け取った髪を中央に置いた銀のカフスの横に置くと、台の前で姿勢を正す。
丁度、天窓からは二つの月が見えている。
「では、始めます。」
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