その16
ミールの工房に向かう道中で、チコリはやっと、自分の為の魔飾を作る事になった理由を聞きだした。
チコリは、自分がこの村に来た時点でソレを作るのがほぼ確定していたと言う事を聞いて、その口からはちょっぴり魂が抜け出している。
「まぁ、チコリさんがそれだけ期待されていると言う事ですから。」
「ソウデスカ」
チコリの反応に、ミールは苦笑しながらアトリエへと足を進めていく。
空を見上げると、大分月の位置が高くなっていた。
随分とのんびりしちゃったからなぁ……。
でも、なんだかいつもよりも楽しかったのよね。
ミールは心の中で呟くと、チコリの手を引きながら足を速める。
「実際のところ、チコリさんのようにハンターとしての将来を期待されていても、自らの技量が及ばないと判断した人間がこの村まで言われた通りにやってくる事は極々稀ですね。」
「それは、何故?」
「理由は二つありますけれど、多少の上手い下手はあっても、殆どのハンターは解体や採集の知識がありますから、職にあぶれる事はないと言うのが理由の一つ。」
チコリは、自分がここに来るまでの生活をぼんやりと思い返しながら頷く。
王都では自分と違って、その日暮らしすらもままならない人間もいたのを、今更ながらに思い出す。
今の今まで、自分が最低辺に落ちぶれた悲劇のヒロインの様な気持で居た事に気が付き、なんだかものすごく恥ずかしい気分になってきたものの、なんとかミールの言葉に同意を返す。
「ああ……確かに。王都だとギリギリでしたが、なんとか食いつなぐ事は出来ましたね。」
「小さな町でもいいですし、故郷に帰っても良いですが……。王都よりは余裕のある生活が送れるでしょうし、それで満足する人も多いみたいです。」
「成程……。」
「……チコリさんも断った話だと思うんですけど、ヴァーヴヴィリエに向かう事を勧められても素直に行かない人が多いのももう一つの理由ですね。」
チコリはそんな話を貰った事があったっけと思いながら、首を傾げるて足元をふらつかせる。
夜気に触れて、少しは酔いがマシになった様な気がしていたものの、上手く頭が働かず思い出せない。
ただの酔っ払いの様だ。
「簡単に諦める程度の人間かを見極める意味もあるので、向かう様にと伝える時はきっと『田舎でやり直したらどうか?』的な言葉だと思いますけれど……。」
「ああ、そんなお話あったかも。」
「去年と今年の初めに2回お話があったはずですね。」
酔っ払いの働かない頭でも、そこまでのヒントがあれば何とか情報を引っ張り出すことに成功した。
時期は忘れていたものの、確かに2回、そんな事を言われた記憶がある。
2回目に言われた後、何ヶ月か頑張った上で実家に帰ったのは記憶に新しい。
「2回……そうかも……。ミールさん、良くご存知ですね?」
「そのお話をした人のリストが送られてくるので。」
「そうですか……。」
なんだか、『本当は田舎に帰りました』とは言い辛い気分になりつつ酔っ払いは相槌を打つ。
母親に言われなかったら、本気でハンターを引退していたかもしれないなんて、とてもじゃないけど言えない雰囲気だと思いながらチコリは黙り込む。
気まずい思いをしながらの沈黙の中、夜道を歩くと実際よりも道のりが遠く感じられてしまう。
思っていたよりも、ミールの家は遠いなとチコリが思ったところで道の先に家が見えてきた。
「チコリさん、あそこが私の工房です。」
そう言いながら振り返るミールの顔は、二つの月に照らされて影が深く見えるけれど、この二日の間で見慣れてきたいつもの笑みを浮かべていて、チコリはなんだかホッとする。
「結構、大きな工房なんですね……。」
「この村の中では、特別大きくもないんですよ。」
「そうなんですか?」
「昼間に話した魔獣除けの魔飾のせいで、後から建て替えたり新しく建てたりできないから、最初から最低5人は暮らせるように作ったんですって。」
工房を見上げながらチコリは心の中で、家族用か、と呟く。
敷地も広そうな上に2階建だから、実際にはもう少し人数が増えても問題なさそうにみえる。
「夜道を帰るのも危ないですし、同じベッドで良かったら泊まっていきます?」
「流石にそこまでは……。見学させていただいたら戻れますよ!」
工房の鍵を開けながら、さもいい事を思いついたとばかりに笑顔で見上げてくるミールに、チコリは慌てて両手を振って遠慮を示す。
「一軒一軒の距離がそこそこあるんで、迷っちゃうかもしれませんよ?」
言われて、来た筈の道を振り返ったチコリの目に映るのは月灯りに照らされて尚、薄暗い小道。
夜も遅い為か民家の明かりは見当たらず、この工房の周りは背の高い木が多い為、慣れない道を見失わずに戻るのはなかなか難しそうだ。
「もしかして、私が見学したいって言ったのを了承した時点でお泊まり確定だったんじゃ……。」
「ふふふ♪」
騙された気分になりながら呟くチコリに、ミールは含み笑いだけを返す。
「さてさて。チコリさん、ようこそわが工房へ♪」
楽しげに笑いながらミールが扉を開くと、工房の中に柔らかな光が灯る。
チコリは一杯食わされた事に、遣る瀬ないため息をつきながらも、チコリは苦笑混じりにその招待を受ける事にした。
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