その13
「基礎が決まったから、後は輝石ね。」
魔飾を施す基礎素材の銀のカフスを作業台の上に取りだしたパレットに載せると、ミールは輝石の収められた棚へと移動する。
このパレット、本来子供が絵具を扱うようの物なのだが、最大5種類の素材を分別して置けるように仕切られていて、小型の魔飾を作る際にミールは重宝している。
観音開きの棚を開くと、そこに並んでいるのは色毎・種類ごとに分別されてガラス製の瓶に詰め込まれた、米粒にも満たないサイズの輝石。
ミールはブツブツと呟きながら、その中から自分が今から作ろうとしているモノに合った石を探し始めた。
輝石と言うのは、様々な動植物や鉱石から採取する事の出来る、魔飾の要だ。
魔飾を作成する際に使用する輝石の種類や質によって、その能力が変動する為、どの魔飾師も細心の注意を払って、これから作ろうとする物に合った輝石の選択を行う。
輝石というのは、動物の体内で形成される物、植物の樹液などが長い時間をかけて変質した物や鉱石など、多種多様ではあるものの、ある一定以上の魔力を内包した物の事を指す。
そのサイズが大きさに比例して内包する魔力は大きくなり、魔飾へと加工する際の難度も容易だ。
如何せん、大きな輝石は入手するのが難しく、通常使用されるものは大豆程度の大きさの物が多い。
大豆程度の大きさの輝石の価格は400フィリス前後。
日本円換算で約1万円程度だ。
ちなみに、輝石は見た目だけならば宝石や貴石と呼ばれる物と酷似しており、装身具タイプの魔飾は、輝石をデザインのアクセントとしても用いられる。
このフィリステールに於いて、宝石はその輝きが美しいだけの代物であり、魔力を秘めた輝石よりも価値が劣る代物だ。
そうは言っても、その輝きは多くの女性の心を魅了している為、決して安価なモノではないのだが。
その反面、最も流通しているモノよりも大きさが著しく小さいもの――通常サイズの半分以下のものは、加工に魔力が必要とされることと相まって値段が付かない事も多い。
ごく稀に、ビーズの代用品として使われる事もあるものの、そういった使い方をする者はとんでもない物好きの趣味人に限られる。
よっぽど生活に余裕がない限り、そういった細工に時間を浪費する者はそうそういないのだ。
あれこれと瓶を手に取りながら悩んだ末、ミールが最終的に使う事に決めたのは2種類の輝石だった。
淡い青緑色と透明無色のその輝石は、米粒よりも更に小ぶりだ。
「情緒の安定に不屈の精神。……折れちゃう直前ではあるけど、後者は少し後押しするだけ。」
ミールが自らの目より少し上の位置で透き通った輝石の入った瓶を軽く振ると、窓から入ってくる夕日を反射して中の石はその身を夕日色に染め、オレンジ色の光を部屋の中に撒き散らす。
「……ええ。貴方は、いつでもどの子よりずーっと綺麗よ。頼りにしてるわよ?」
クスクスと笑いながらミールが瓶に向かってそう告げると、一瞬だけ得意げに煌めいて輝石から放出される光が穏やかになる。
現金なその反応に、ミールは含み笑いを漏らしながら作業台に透明の輝石が入った瓶を置くと、青緑色の輝石の瓶を手に取った。
こちらは先程の瓶の中身と対照的に、透明感のない輝石だ。
良く見ると、青と青緑が渦を巻く様に紋様を描いていて、一種独特な美しさがある。
「チコリさんは随分と自信を失って、気持ちが不安定なの。貴方の力を貸してあげて頂戴ね。」
青緑の輝石は、任せておけと言わんばかりにその色を深くする。
ミールは輝石達のその反応に嬉しげな笑みを浮かべると、作業用の椅子に腰掛け作業台の傍らの引き出しから導飾棒を引っ張り出す。
導飾棒というのは魔飾を作る際に使用する道具で、基礎素材によって材質が、輝石の大きさによって形状が変わってくる。
今回ミールが取り出したのは、基礎素材と同じ銀製の物の中でも一番小さなもの。
見た目はドライバーに良く似ているその道具は、先に向かうにつれ細くなっており、先端は1ミリ足らずでまるで針のようにも見える。
実際には、先端は少し窪んでいるのだが、これだけ細ければ尖っていなくても人体にも容易に突き刺さりそうだ。
ミールは導飾棒片手に蓋を開けると、鼻歌交じりにそれを無造作に瓶の輝石の中に突っ込んでクルクルとかき混ぜる。
歌に魔力をのせながら更に導飾棒にも魔力を通すと、少しづつ導飾棒に輝石が纏わりつきだす。
歌にのせた魔力は必要とする性質の石を選別する為。
そして、導飾棒にも魔力を通すのは、必要とされるだけの魔力を内包した輝石を引き寄せる為だ。
歌いながらかき混ぜるうちに、導飾棒に感じる手ごたえが変わってくる頃合いを見て瓶からゆっくりと引き抜くと、磁石に着いた砂鉄のようにみっしりと輝石が覆っている。
大量に付着した輝石を払う為に少し揺すると、まるで『嫌々』とでもいうかのような瞬きと共に、サラサラとミールの欲しい性質が弱い物から瓶の中へと落ちていく。
その様は砂鉄と言うよりも、蜂蜜などのねっとりとした液体が、重力に引かれて落ちていく様にも見える。
ある程度の量まで導飾棒にへばりついた輝石を減らすと、今度は歌に込める魔力を少しづつ少しづつ増やしていき質の高いもののみを残す。
ある程度の数まで減ったところでイヤーカフスを載せたパレットの上に導飾棒を載せ、魔力の供給を止めると、仕切りの中に小さな山を作った。
「サイズの仕分けの前にもう一回。」
作業台の上のソレを眺めつつ、椅子の上で身体を伸ばして一息吐くと、窓の外に目をやってミールは時間の確認をする。
まだ、日が沈むまでにもう少し時間がありそうね。
夏の日が長い事を考えてそう判断すると、彼女は改めてもう一方の瓶を相手に同じ作業に取り掛かった。
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