その12
チコリが2階に上がっていくのを見送ってから、女将はミールに問う様な視線を向ける。
「大丈夫です。」
「まぁ、あんたの腕を信頼してない訳じゃないけどねぇ。」
女将は、いつも通りのふんわりとした微笑を浮かべるミールに苦笑を浮かべ、首を振った。
「さて。」
「とりかかるのかい?」
「はい。お夕飯のスペアリブが焼ける頃には戻りますね。」
「今日は他のハンターがいなく手良かったねぇ。」
「ハンターギルド的には商売あがったりですけど♪」
女将は自分のジョッキに残っていた麦茶をクイっと一息に飲み干すと、ヒラヒラと手を振って裏口から出ていくミールの背中を見送ると、厨房の奥に向かって声を掛ける。
「あんた! スペアリブを焼くのは少し遅めの時間で頼むよ。」
「あいよ。」
いつも通りの返事を聞きながら、女将は2階の方を一瞬だけ見上げて立ち上がる。
「上手い具合に悩みが解消すると良いねぇ……。」
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裏口から出たミールは、鼻歌交じりの軽い足取りで家に向かう。
機嫌の良さそうな姿に目を細めつつ、農作業を中断してしている声を掛けてくる村人に手を振ってこたえつつも彼女の頭の中にあるのは、これから作る魔飾の事で一杯だ。
チコリさんの魔飾は何にしよう?
弓を引くのに使えるタイプの指輪はどうだろう?
それとも腕輪?
額当てなんかもいいかもしれない。
彼女がやたらとテンションが高いのにも、理由がある。
今年15歳になり成人したばかりのミールだが、実は宿の女将位しか年の近い同性がいない。
年が近いと言っても、10歳年上の25歳だ。
人口200人程度の小さな村だと言うのもあるが、どういう訳か年齢の近い子供はみんな男ばかりであり、その上で同い年の子供はいなかった。
つまり、チコリは彼女にとって、初めて年齢が近い様に見える女の子な訳だ。
陸人との10歳の年の差を考えれば、森人相手の8歳の差など大したことが無いとミールは思っている。
陸人の6倍以上の時を生きる森人が成人になるのは20歳だ。
そう考えれば23歳など、陸人の15歳と大して変りはないのに違いないと言う計算で。
実際のところ、その考えは大して間違ってはいないのだ。
陸人換算で考えるなら、チコリは15歳と半年位だと考えていい。
そんな初めての『お友達』になれそうな彼女に作るつもりでいるのは、身につけるタイプの魔飾。
必要とされる機能を考えるならば、常に身につけていられる様なモノが良いだろうというのがミールの考えだ。
実際には、ハンターとしての仕事をしている際に身につけていればいいものを作ろうとしている為、第三者の意見を聞くならば、仕事の最中だけ身につけるものであれば良いという意見がでそうなのだが、そこは初恋の乙女的なノリになっている彼女の事。
全くと言って良い程、気付いていない。
ちょっぴり、痛々しい様な気はするが、気にしてはいけないのだ。
ちなみに、もっとライトな言い方をするなら、初めてできた友達にプレゼントを選んでいる様な気持ち……とでも言えばいいのだろうか?
ともかく、彼女はそんな幸せな気持ちでチコリ用に作る魔飾のデザインを考えていた。
「ああ。カフス・イヤリングが良いかもしれませんね。」
あれでもない、これでもないと呟きながらアトリエの扉を開けたところで彼女はポンと手を打つ。
「アレなら、あまり目立たない上に失くし辛いわ。」
ミールの脳裏に浮かぶのは、女性らしさを残しながらも、可能な限り過剰な装飾を取り払いすっきりとした機能的なチコリの身の回りの品だ。
そう考えると、カフス・イヤリングと言うのはなかなか良い選択に思える。
実際には、凝った装飾の施された品を買う様な経済的余裕がないという、なんとも世知辛い事情もあるのだが、ごてごてと飾り立てられた物がチコリの趣味でないというのは、あながち間違ってもいない。
なにはともあれ、彼女は1人納得すると、ミールは素体の収められている戸棚を漁り始めた。
「錫製は……キャパ不足。銅製・鉄製も足りない。……銀製は保留。金は十分。魔法銀は過剰……と。」
何の装飾もないカフスを取り出しながら呟くミールの目は真剣そのものだ。
なにせ、素体の素材によっても魔飾の質が大きく変わる。
素体の素材となるのは主に金属・皮革・木材なのだが、それらもそれぞれ特徴があり、それに沿った魔飾を施さないとと効果が出ない。
今回、ミールの選んだ『イヤー・カフス』の素材となるのは主に金属だ。
木材で作る事も出来るが、その場合は装着者に合わせた細かな調整が必要となってくるので、今回は無かった事になっていた。
それにミールの目から見ると、木材よりも金属の装飾品の方がチコリに似合う様な気がする。
銅では彼女の肌の色に映えないし、金も少しイメージが違う。
ミールの中のイメージでは、銀が一番しっくりくる。
そうはいっても、作ろうとしているモノの性能を考えるとただの銀では少しキャパシティが足りず、魔法銀だと過剰なうえに高価になり過ぎる。
「そっか。」
ミールはポンと手を打つと、銀以外の素材で出来た物をさっさと引き出しの中へと片付けた。
「チコリさんは森人だから、魔力を装着者から供給させればなんとかなるわね。」
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