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ヴァーヴ・ヴィリエの魔飾師さん  作者: 霧聖羅
一話 森人のノーコン弓士
11/82

その11

 意気揚々と来た道を引き返したミールは、夕方になる前に帰り着くなり宿の親父と獲物の買取交渉を始めた。

一緒に帰って来たチコリは、まるで存在しないかの様な扱いで、彼女は価格交渉をしているミールの事を入り口の側に立ったままぼんやりと眺める。


「お兄さま、そこを何とかもう一声!」

「いやいや、いつもいつもミールの言う通りにしてたらウチが潰れる。」

「またまた~! いつも、売上に貢献してますから分かりますわ。おじ様がお料理なさっている限りそんな日は来ませんわ。」


 真摯な瞳でそう熱心に語る少女の言葉に、親父さんも満更でもなさそうな雰囲気ではある。

ちなみにお兄さまと呼ばれてはいる親父の年齢は、チコリの目にはまだ20代後半位に見えた。

宿の主としては随分と若いんじゃないだろうか?


「疲れたろ? そんなところに突っ立ってないで、適当な席に座っとくれ。」

「あ、はい!」


 その威勢の良すぎる声に思わず飛び上がりながら、チコリは手近な席に腰掛けた。

そのチコリの前に、良く冷えた麦茶の入ったジョッキが2つ並んで置かれる。


「あの、これは?」

「片方はあたしの分。ほい、おつかれさん!」

「あ、ありがとうございます。」

 

 労いの言葉と一緒に掲げられたジョッキに、慌てて自分の分を掲げると中の氷が軽い音を立てた。

チコリのジョッキに軽く自分のジョッキを打ち合わせると、女将はまだ価格交渉をしている2人の方を見てニヤリとする。


「アレはね、2人のお遊びなのさ。」

「お遊び、ですか。」

「そう。値上げごっこ。最後はいつも同じ値段になる事になってるのさ。」

「へぇ……。」


 丁々発止とやり合う2人の会話は、確かに何かのルールに則って行われている様ではある。

まぁ、きっとこう言うのもここに住む者たちなりの楽しみの一つなのかもしれないな、と妙に納得しながらジョッキの中身を喉に流し込んだ。


「~っ!」


 氷がたっぷり入っていて良く冷えた麦茶が喉を駆け抜け、森を歩いている間にいつの間にか溜まっていた余分な熱を奪って行く感覚に思わず息を飲む。

鼻へと抜ける香ばしい香りに、チコリは思わずうっとりしてしまう。


「美味しい……!」

「そりゃ良かった。おかわりはどうだい?」

「是非。」


 2杯目の麦茶を堪能し始めたところで、ミールが親父さんに売った肉の代金をもってホクホク顔で戻ってきた。

存分に、価格交渉ごっこは楽しめたらしい。

ニコニコ笑顔で、巾着に入った銀貨を取り出しながら内訳の説明を始める。


「それでは、売り上げの発表でーす!」

「おー!」

「エスケープラビット1羽あたり1銀貨で合計3銀貨~♪」


 目の前に置かれた銀貨3枚を前に、女将さんがやんややんやとはやし立てると、彼女は楽しそうに頬笑みながら次の販売価格を発表だ。


「スキップフォックスは、1頭3銀貨です~☆」

「おや、スキップフォックスも狩れたのかい?」

「唐揚げ希望です♪」

「旦那に言っとくれ。」

「はい。最後に大イノシシは部位ごとになりま~す。チコリさん、ノリが悪いですよ……?」


 追加の銀貨3枚を並べながら、ミールがおねだりでもするかのような上目遣いでチコリを見詰めてきたので、チコリも女将に合わせて盛り上がるフリをする事にした。


「大イノシシの後ろ足は1本2銀貨で合計4銀貨~!」

「銀貨10枚の大台に乗ったねぇ。」

「スゴイスゴイ。」


 チコリの言葉が棒読みなのは慣れていないからと、言う事にして欲しい。

チコリは不器用なのだ。

演技力なんてものをを求められたら泣いてしまう。

流石にミールも、そこまでの反応を求めて来なかったので、彼女は多少引きつった笑顔を浮かべながらなんとかその場をやり過ごした。

最終的に、テーブルの上に並べられた銀貨は20枚。

悪くない金額だ。

というか、ハンターギルドに卸すよりも実入りが良い位の金額になっている。


「さて、輝石の分は明日にするとして、まずは今日の分の分配をしますね。2人で行ったので半分の銀貨10枚! ちゃんと確認してくださいね?」

「……私は解体しかしてないから半分も貰う訳には……。」


 ミールのその言葉に、チコリは一瞬言葉に詰まりつつも、なんとか断り文句を口にした。

言葉に詰まった理由は、同じ様な状態で同行した狩りで、彼女は今まで『解体手数料』としてわずかな金銭を渡されるだけで等分に分けて貰った事が無かったからだ。

実際に、狩る過程で何の役にも立ててなかったのだからと、チコリ自身もソレを仕方がない事として納得していた。


「いやいや、遠慮しないほうがいいですよ?」

「そうそう。パーティ組んで行ったんだからね。半分貰う権利をあんたは持ってるんだよ!」


 結局、最終的に押し切られた。

女将さんとミールの2人掛かりで、説得されたり泣き落とされたりする事約1時間。

その頃には手の中に押し込まれた銀貨を突き返す程のガッツは、チコリの中には存在していない。

元々、それほど精神的に強靭な訳ではないのだ。

部屋に戻ったチコリは、部屋の扉に背を預けながらひどく情けない気持ちでしょんぼりと肩を落とす。



せめて、輝石の分は遠慮しよう。

何の働きもないのにお金を貰うなんて、まるで物乞いじゃないか。



 そう心に決めて、拳をぐっと握りしめたところで、ふと、今日の狩りの目的が頭を過る。



そういえば……。

結局、ミールは私のなにを改善すればいいのか解ったんだろうか?

後で、食事の時に戻ってくると言っていたから、聞いてみよう。



「忘れないようにしないと……。」


 独り言をもらしつつ、チコリは夕飯の前に今日使った道具の手入れに取りかかった。

ブックマーク及び、評価ありがとうございます^^

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