その1
「凄い……!」
弓士のクセに、全く当たらない事で名高い森人、チコリは自らの放った矢が吸い込まれる様に大イノシシの額に吸い込まれていく様に息を呑む。
今まで、こんなことはなかった。
惰性で2~3メートルも走ったところで、重い音を立てて横倒しになるソレを呆然と見つめながら、耳を飾るカフスに触れる。
それは、数日前に訪れた小さな村の魔飾師の手によって、チコリの為に作られた魔飾だ。
「まさか、こんなに効果がでるなんて……。」
そうだ。
あの時はもう、ハンターとしての才能なんてないのだからと諦めてギルドの登録を抹消することを、母に相談したのだ。
……少しだけ、もう少し頑張ってみなさいと言われる事を期待しながら。
だが、母はそうは言わなかった。
「なら、ヴァーヴ・ヴィリエのハンターギルドで手続きすると良いわ。」
その言葉に、やはり母の目から見ても私には才がないのだと気持ちが沈んだ。
でも、それならそれで故郷のラグランの森里に戻ってやれる仕事をやろうと心に決めて、勧められた村で抹消手続きを申し出たんだっけ……。
チコリは、思いもよらない効果をもたらした魔飾のカフスを耳から外し、凝視する。
小さな小さな輝石によって彩られた小さなカフスは、彼女の掌の上で光を反射して美しく煌めく。
こんなに小さな輝石達で、こんな事が出来るなんて……!
彼女は、カフスをぎゅっと握りこんで胸へと抱え込み、万物の創造主様への感謝の祈りを捧げる。
そうしてから再び顔を上げると、再び自らの耳へとソレを飾り直し、倒したばかりの獲物へと向き合う。
「きちんと、対価は支払われなくてはなりませんね。」
今の彼女の表情は、大イノシシを斃す前の自信が無く覚束ないものではない。
きっちりと自らの役目を自覚した1人の狩人の顔になった彼女は、解体用のナイフを取り出し、仕留めたばかりの獲物の解体を始める。
この魔飾を作って貰った時の事を思い返すと、チコリの口の端に思わず笑みが浮かぶ。
まさかあんな小さな村に、こんな物を作る事が出来る魔飾師がいるなんて想像もしなかった。
でもきっと、私にヴァーヴ・ヴィリエに行く様にと言った母はその事を知っていたのだろう。
……妙な意地を張らずに、ここまでやってきて良かった。
そう、心から思いながら解体作業を進めるチコリは、そこに至るまでの事を思い返していた。