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第七話 新しい階層へ

 トイレとはなんぞや?


 いや、違った。レベルとは何ぞや?


 具体的に日本人に聞いたら、一体どんな回答が返ってくるのだろうか。

 達成基準やら、水準やら、物事を分割して指し示す指標、人によっては建物の階層など、そんな多岐に渡った答えが返ってくるのではないだろうか。

 レベルが高い、レベルが低い、比喩にも揶揄にも使われるぐらいには、色んなところに浸透してしまったレベルという概念。

 レベル高いなって言葉には、前後の文脈が無ければ、最早敬意が込められているのか、侮蔑が込められているのかすらあやふやだ。

 そんな広義に使用されるようになった時点で、何ぞやと聞かれたとしても、もうその意味を正確に捉えることは出来まい。


 質問を変えよう。

 では、レベルが存在する世界は何かと問われれば、多くの日本人は“ゲーム”と答えるのでは無いだろうか。





 この世界ってなぁに、ていう根本的な疑問。


 幾度と無く考えて、幾度と無く結論の出なかった不可能問題。

 よくある話、脳に電極挿されて、この世界を見せられていたとしても、己自身では証明が出来ない。人は自身の連続性を証明できないとか何とか。

 まぁ、そこら辺のサイエンスフィクションだとか、SF(すこし不思議)はどうだっていい。

 大切なのはここがゲームに順ずる世界だったとして、その世界をどうやって生きるかである。


 スライムを初めて倒した時から、1回寝ると1日経ったと換算する俺通称の眠り換算で言うと、7日つまりは1週間が経った。

 その間、2つのことが判明した。


 まず、1つが倒したモンスターは時間が経てば再出現、つまりはリポップするということ。

 それは、階層を上げて、ここが今日から俺の新拠点だと、スライム部屋をゴロゴロと寝転がり喜びを表現していた最中に起こった。

 音も無く現れたスライム達を見て、絶叫したのは言うまでも無い。


 2つ目は、確実にレベルが存在するということ。

 リポップしたスライム達を例のチキンプレイ――いや、例の必勝法を使用せずに撃退したのだから間違いあるまい。

 何と言うか、見えるし、耐えられるし、攻撃できた。

 感覚値でいえば、そんなに強くなった気はしないのだけど、重かったエクスカリバーが片手で振るえるくらい軽いわけで、強くなってるのは間違いなかった。


 レベルという概念が本当に存在するとして、最初の頃の俺をレベル1だとするならば、あのレベルが上がる感覚が2回ほどあったので、今は3である。

 両手で10回全力で斬らなければ死ななかったスライムが、今や片手で振るった剣で、3回もしくは2回で倒すことが出来るのだ。

 思わず、天国に居るお袋にここまで強くなったよと報告したい気分だった。いやまぁ、報告出来たら死んでるんだけど。


 では、二つのことを合わせて、この世界で生きていく為に出来る事といえば一つしかない。


 そう、レベルをあげること、つまりはレべリングである。





「――うし、斧ゲット!」


 最後のゴブリンを倒して、そいつが持っていた斧を奪い取った。

 思わず、得意げに鼻の下を指で掻いてしまう。レべリングを続けて、今やゴブリンさえも雑魚敵扱いだ。

 にしても、モンスターがリポップするのはいいとして、この武器はどういう扱いなのだろうね。

 何も無いところから物質が生み出されるとか、地球に持っていけたらえらい事になりそうだ。

 

「まぁいいとして、今日の戦利品は~」


 エクスカリバー×8、斧×1、こん棒×3、その他ゴブリンが身につけていた防具類、ゴブリンの死体×12。

 今日も大量大量。火が無いので、ゴブリンの死体は置いていくとして、他は全部拠点行きだ。

 流石に、ゴブリンは生では食えなかった。生臭くてこれ食うぐらいなら、スライム食ったほうがマシとは俺の経験談。


 ちなみに、どういう原理かは知らないが、死体およびそいつが身に着けていた武器や防具は、死んだ場所に放置するとリポップした段階で無くなるらしい。

 一度、放置して拠点に戻って寝た後に、再度訪れたら全て跡形も無くなっていたことがあったのだ。


 レベルも今し方5になった。まぁ、見ようがないので本当に5かはわからないが、俺の感覚的に今は5である。

 主食スライムと水で、よくここまで逞しく生きている物だと我ながらびっくりだ。

 現代日本人である俺が何とかなるのだから、人間追い詰められれば、どうとでもなるものらしい。

 まぁ、このレベルを上げれば何とかなるという気持ちと、レベルが上がると強くなったと実感できるというのが大きいのだけど。

 実際に、レベルを上げるという具体的な目標と、それを達成した時に得られる実感が俺を支えていた。


「うし、じゃあ戦利品を拠点に持って帰って、いよいよ行きますか! 4階層目に!」


 3階層目の住人であるオーク達も十分に倒せるようになった。

 そして、レベルも短期の目標であった5になった。

 ならば次は4階層目である。通称、水飲み場。俺の命を繋いでくれる貴重な場所だ。

 4階層目は、入れ口の扉から出口の扉まで2メートル程の一本道が走り、その道の両側に水が張り巡らされている構図となる。

 4階層の住人については、正直よくわからない。たまに、水の底に2メートル程の大きな影か浮かぶのでそいつだとは思うが、そいつの影が見えた瞬間水から離れるので、今まで会った例が無いのだ。


 どんな奴なんだろうと想像しかけて、それを掻き消す様に頭を横に振った。

 想像するより会った方が早い。なんせ奴さんは、今、会えるモンスターである。

 そして、会ってこんにちはと、握手代わりに剣で刺せば良いだけだ。


 もちろん不安はある。されど、レベルを上げる事によって身に着けた自信もある。

 だから言える。昔は言えたとしても、実が伴っていなかった為、虚しいだけだったが今なら言える。明確な目的として言える。


 そう俺は、4階層制覇を皮切りに、このダンジョンの制覇を成す。


 覚悟を胸に秘めると同時、何時もの様に、ナイトキャップをベストのポジションに位置を調節する。

 ……しかし、何時までたっても防具が寝巻きだけってのは、何とかならんのだろうか。

 いや、この寝巻きも俺の一部として認識されている不満点を除けば、死んだと同時にこの寝巻きも再生するから便利ではあるのだけど。

 保温性も抜群で、寝る分にはすごい機能性を持っているのは認めよう、しかし、肝心の防御力が無い。致命的に無い。

 モンスターの奴らが付けている防具が付けられりゃよかったのだけど、見事に全部サイズが合わなかった。


 まぁ、ダンジョンの制覇を掲げたんだから、その内きっと良い物が手に入るだろうさ。

 頭を切り替えて、歩みだした。

 目標である4階層制覇に向けて。

 そして、このダンジョンの制覇に向けて。





「……いや、予想外だわ」


 意気揚々と4階層目まで来たのはいい。

 だが、目の前の光景は完全に予想の斜め上を行っていた。


「何で死んでんだ、こいつは」


 目の前で干上がってる海蛇もどきを見る。

 シーサーペントとでも言うべきだろうか。そいつが陸に打ち上げられ干乾びていた。

 水を飲みにきたのは昨日だったが、少なくともその時にはこんな状況にはなっていなかったはずだ。


「なぜに……あっ、そういや」


 思い出したことがある。3階層の住人であるオークの肉だ。

 昨日、オークを倒した後、食べようとチャレンジして、やはり生臭くて諦めようとしたものの簡単には諦められず、リポップで消えるのを阻止するのと血抜きの為に水飲み場に持ってきたんだっけか。

 結局、地抜きの方法がわからず、とりあえず水をぶっ掛けまくったものの、何か違うなと気づいたところで、放置したのである。

 見れば、シーサーペントが居るところは、まさにオークの肉を干してあったところだ。


「食おうとして、あー、なるほど」


 シーサーペントの頭に、剣の切っ先が生えているのが確認できたところで、納得してしまう。

 オークの肉には、解体に使った剣を刺しっぱなしにしていた。つまりは、剣が刺さった肉を丸呑みした馬鹿がいる。そういうことだろう。

 別に罠に掛けるつもりは微塵も無かったが、結果的に効率のいい罠になってしまった。


 達成感も何もない。心の中で愚痴りつつ、他に何かないか辺りを見渡して確認する。


 ……んむ、特に何も変わってない。


 見た目上、何も変化が無い事に若干の失望を覚えつつ、5階層へ続くであろう扉の前まで歩いていく。


「さてと」


 扉の前で一旦立ち止まり、扉の真ん中にある六芒星の意匠を皮切りに、上から下まで観察する。

 初めに来た時には開かなかった。

 そして、それ以降4階層目に来る度に挑戦したが、終ぞ開かなかった。

 だから、俺の中ではこいつが開く条件は一つしかないと思っている。


 そう、4階層の住人、つまりはシーサーペントを倒す事である。


 その証拠といっちゃあなんだが、この干乾び具合を見るに死んで結構経っているはずだ。少なくとも数時間前ではあるまい。

 それにも拘わらず、死体が消えていない。つまりは、リポップしていない。

 ならば、こいつはリポップしない何か特別なモンスターに違いないだろうさ。


「まぁ、読みが外れていても、どうしようもないんだけど、さ!」


 言いつつ扉に手を掛けて、最後の“さ”の音と同時に、扉を押す手に力を込めた。


 扉は音も立てずに、『そんなに力を込めなくても、いつも開いてましたよ』と、でも言いたかったのかのように簡単に開いた。

 開いた扉から見える、上り階段を見て実感する。次に進める事を実感する。

 7955回の死を乗り越えて、漸く見えた次のステージだ。


 思わず滲んで来る涙を、カエルパジャマの袖で乱暴に拭いて、パンッと頬を叩いて気合を入れる。


「うしっ! さぁ、行こうか! 新世界!」


 言って扉を通過し、水飲み場を後にした。


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