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第二話 ループ

 目の前には、薄暗くだだっ広い大広間。

 そして、デフォルメされたカエルの模様が入った緑のパジャマとナイトキャップ装備の伊藤次郎――つまりは俺がいた。



「異世界……」


 ため息混じりに、『異世界』という文字を口にすることで世を憂うことが出来る。


「ダンジョン……」


 ため息混じりに、『ダンジョン』という文字を口にすることで、この身の不遇を憂うことが出来る。

 そして、一通り憂いたところで、テンションを上げる為に即興の歌を歌うのだ。


「異世界、いっせかい、いいせかい~。ダンジョン、ダンジョン、突撃だ~。スライム相手に突撃だ~、HEY」


 そして、遠い目をして気の済むまで歌った後に、微妙に死にたくなるところまでがワンセットだった。


「――はー、通算……134回目、と」


 溜め息を吐きつつ何時もの様に、“正”の形でこのダンジョンに挑んだ回数を地面に爪で刻み残す。

 

 つまりは、トータルで死んだ回数は133回ということになる。

 初めて殺された後の大混乱を思うと、ずいぶん慣れたものだ。

 まぁ、死んだ後は精神状態もリフレッシュされているというのも、多分にあるのだろうけど。


 それは、死亡5回目の時にハッキリと実感した。

 このままこの部屋で待っていたらどうなるだろうと、飢えて死ぬまで放置したことがあったのだけれど、生き返ったら全てが遠い思い出のようになっていた。

 死ぬ間際、極限状態で半ば頭は狂っており、ヤク中もかくやという勢いで発狂したのにも関わらず、生き返ったら『あの頃は若かったね俺』みたいな感じの自己完結。

 そんな事もあったねってな感じで、生き地獄のような苦しみを味わっていた時間が、記録映像を見るような感じでしか思い出せないのだ。


 お蔭様で、今日も今日とて死亡回数を積み立てている。

 しかし、精神状態はいいのだけれども、肝心の体が一向に成長しないのは困ったものである。

 筋トレをやろうにも、どうにも死んだ瞬間にリセットされているようなのだ。

 生き返った当初は100回が限界だった腹筋が、死ぬ直前には130回ぐらいまでは出来るようになるのだけど、死んだらまた100回に戻ってしまう。

 記憶はあるのだから脳には蓄積しているに違いないし、身体のほうも続けていればもしかしたらってことで、飢えるギリギリまで筋トレをやってまた続けるってのを20回ほど繰り返したが、一向に身体に筋肉が付いている気配はなかった。


 筋力も付かない、武器も無い、食べ物もない、あるのはカエルパジャマという保温性は抜群だが防御力はまったくない全身装備だけだ。


「マジで詰んでるんだよな~」


 そう呟いてみるが、声色にはもう悲壮感も何も無い。そういうのは50回目ぐらいで飽きた。

 すごい可哀想な俺っていう設定は、当初は美味だったが、こんだけ何も変わらないと流石に飽きてくる。

 まぁ、ぶっちゃけすごい頑張ったから、もうゴールしてもいいよねってことで自殺しようにも、できないのだから虚しくなるだけだ。


「さて、今度はどうすっかな~」


 とりあえず、現状をシンプルに確認するとこうだ。


『死んだら振り出しに戻る』


 何とも単純明快である。しかし、単純明快すぎて何をしたらいいのかわからない。

 色々と試した。本当に色々と試した。

 ファンタジーなのだからとまだ見ぬ力を求めて、魔法やら気功やら触手やらを出そうと、俺の持てる全ての知識を総動員して色々と試みたが全て失敗に終わった。

 拳一つ分の空間を空けるようにして、両手を合わせた時の何か出てるかもしれない感じは、久々に中学生に戻ったようですごいワクワクしたのだけど、まぁやはり何も起こらずワクワクした分虚しかったのを覚えている。

 そうやってみんな成長していくんだねってことで、現実路線に戻って筋トレを始めたが前述の通り徒労に終わった。


 モンスターを無視して、階層を進めていくということもやってみた。

 結論から言うと4階層目までなら行ける。だが、5階層目が無理だった。物理的に無理だった。

 なぜなら扉が開かなかったからである。


 モンスター達は俺と違って、飢死やら何やらで自然消滅しない為、数が減らない中での5階層への扉へ到着だっただけに絶望感ったらなかった。

 あれだけ考えて、あんなに頑張って、その末の結果が絶望だ。本当に心が折れる。もう、ポキポキじゃない、ボキボキ? いや違う、何だろうこう、ボキって折って、グシャッと潰して、ギュイーンとフードプロセッサーに掛ける感じにだ。

 まぁ、どんなにポッキリと折れようが強制的に治されちまうわけだが。


 とにもかくにも、現状はそんな感じで完璧なるまでの五里霧中。どうしようもない袋小路。

 

 せめて戦って勝てるモンスターでも居りゃ、何らかの打開策もあったのかもしれないが、現状どう足掻いたって勝てない。

 だって、1階層のスライム達に勝てないのだから、2階層以降のモンスターには勝てやしない。

 そんなの試してみなきゃわからないって? ああ、試したさ。文字通り命を賭して試したさ。

 やってみてわかった、確実にスライムが一番弱い。


 2階層目のゴブリンを見てもわかる。

 身長は1メートル程しかないが、ムキムキに鍛えられた身体に武器を持っている。

 どうやって勝てようか。人間が勝てるのは体重30kg以下の小動物までなんです。

 ゴリラが武器持ったような奴に、どうやって勝てばいいのよ。


「はぁ、せめて武器がありゃな……」


 武器さえありゃ、スライムはいけそうな気がするのだ。

 殴っても、ダメージ通ってるように見えねー上に、こっちが痛いだけだしなぁ。


「あーもう、武器だよ武器! 誰か俺に武器をくれよ!」


 握りこぶしを作りつつ思わず天に、いや、天井に向かって叫ぶ。

 もう、武器なら何だっていい。高望みもしない。だから、誰かお願いしますと想いを込める。

 誰かという中に、当然神様は入っているのだけど、祈ったところで現れてくれないのは、死んだ回数の分だけ深く知っているので期待はしない。

 まぁ、神様というのがいるとして、俺のちょっとした我侭を聞いてくれると言うのなら、せめてゴブリンが持ってる武器程度にはちゃんとした物が欲しいのではあるのだけど。


「んっ?」


 ……ゴブリンの武器?


 脳裏にある考えが過ぎる。ちょっと、お待ちなされやと、脳が俺に待ったを掛ける。

 もしかしたら、天啓と言っても過言ではないのかもしれない。


「ふむ……」


 握った拳を顎の下に当て、脳裏に浮かんだ案を精査する。


「……もしかして、いけちゃったりするのか?」


 それはとてもいい考えに思えた。

 そう、あまりに筋肉隆々過ぎて、奴らから強奪すると言う選択肢を持ったことがなかったが、ゴブリンから武器を調達すればいいのではないのだろうか?

 奴らのスピード自体は速いが、避けられないわけじゃない。なんせ、あいつらの群れを横切って、上の階層に行った事がある俺が言うのだから間違いない。

 奴らは俊敏だが愚鈍だ。俺があっと大声を出してゴブリンの群れの反対側を指したら、全員でそちらを向いてしまうぐらいには愚鈍なのだ。

 つまりは、戦って勝つという選択肢はなくとも、武器だけ奪うということが可能に違いない。だって、あいつらアホだし。

 そう、奴らの頭の弱さを知っている俺なら――


「――うん、いける!」


 何の根拠も無いが、ここに来て初めて見えた希望の光。

 いや、俺にはもう見えていた。ゴブリンの横を、ローリングやらスライディングやらで颯爽と通り抜けつつ、武器をスティールしちまう俺の姿が。

 栄光と言う名の武器を掴んで、スライム達を蹴散らし喜びの雄叫びを上げる俺の姿が!


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