エピローグ
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
魔法である程度、老化は止められるのだけど、完全には止まられない以上、いつかは死んでしまう。
結果、老衰で死ぬという事を、何度繰り返しただろうか。
何度、バリディアガスに見取られただろうか。
幾千? 幾万? もしかしたら、幾億でもすまないのかもしれない。
なんせ、最終的に0階層には、死亡回数を刻めなくなってしまったからだ。
床から天井までギッシリ描かれた“正”の字。
途中で数えるのを止めてしまった程度には、刻まれまくった“正”の字。
「――こうしてみると引くな」
軽い調子で隣に居る骸骨に話しかける。
久々の本当の姿である。
そして、もう二度と見ることは無いのだろう。
「いや、私にはこの光景こそが宝物だ……」
バリディアガスが感極まったように言う。
まぁ、見た目骸骨なので、感情の機微は正直分からないのだけど。
「おっ、崩壊が始まったか」
見れば、轟音と共に、どんな攻撃にも耐えてきた天井や床に、大きな亀裂が走っている。
正直、このダンジョン自体が崩れるとは思ってなかったのだけどね。
俺とバリディアガスの魂を無理やり開放した事に、このダンジョン自体が耐えられなかったのかもしれない。
時間と共に、音は大きくなり、振動も立っていられないほどになっていく。
「さて、じゃあこれでさよならだな」
未だに、俺が刻んだ“正”の字を見つめ続けるバリディアガスに言う。
現実へ戻る魔法はバリディアガスから事前に聞いていた。
その術式ももう完成しており、俺とバリディアガスの下へと展開している。
後は、その魔法を発動させるだけである。
「……いつかまたどこかで会いたいものだな」
バリディアガスが“正”の字から漸く目を離し、こちらを見て言う。
目が無いので、その目が何を訴えているのかは分からないが。
でも、一つだけわかることがある。
「ああ、ただしクソったれなダンジョンは簡便な」
二人して違いないと笑いあう俺とバリディアガス。
日本は火葬だし、骸骨が喋るなんて事もないので、きっともう会うことはないだろう。
それでも、会えないとはいえない。きっと、死んだ後ぐらいに、また会えるのではないだろうか。
まぁ、その時はアメーバかもしれないが。
0階層の扉先輩が崩れたのが見える。
いよいよ、ダンジョンが本格的な崩落の様相を見せてきた。
「では、ジローよ、さよならだ。そして、ありがとう」
バリディアガスが、その巨体に似合わず、身体を折って礼を言う。
「おお、じゃあな。案外楽しかったよ。では、またいつかどこかで」
それに対して、照れ隠しでぞんざいに返した。
「……ああ、いつかまたどこかで」
身体を折ったまま、震えるような声でバリディアガスが言う。
そんな震えるような声だしちゃって、まるで少女のようではないか。
パラパラと、俺の頭に細かいダンジョンの残骸が落ちてくる。
上を見て、限界だと悟った俺は、最終段階に入った魔法に発動命令を下した。
俺たちの足元に展開していた魔方陣が、漸く出番が来たのかと光を増していく。
さて、本当に最後だ。
では、いつまでも少女のように別れを惜しんでる奴に、言ってやらねばなるまい。
「はは、バリディアガス! 俺にはおまえが少女に見えるぜ!」
バリディアガスが驚いたように顔を上げる。
「……そうか、私は少女に見えたか」
骸骨なのに、表情筋もないのに、俺にはバリディアガスが笑った気がした。
――瞬間、俺たちの下に展開していた魔方陣が光を増し、俺たちはこのダンジョンから脱出した。
◇
光の中で見えたのは、鳩だったと思う。
明確には言えないが、少なくとも鳥の様な何かだったのは間違いない。
そいつが、俺たちに向かって、こう言った。
「逃がさん、貴様らだけは!」
明滅する光の中で、俺はもう遅いと勝ち誇っていたのを覚えている。
それが、俺の始まりであり伊藤次郎の最期だった。
読んで頂いた全ての皆様にお礼申し上げます。




