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第一話 初めての……

 目の前には、薄暗い大広間。

 そして、デフォルメされたカエルの模様が入った緑のパジャマとナイトキャップ装備で、絶賛間抜け面を晒している俺がいた。


「…………」


 とりあえず、頬を抓って見る。


「いひゃい……」


 頬の痛みを感じつつ、頬を抓って痛みを感じることにより夢と判断できるかどうかで、論文がひとつ出来るという話を思い出した。

 いや、正確には夢と現実を見分ける方法か。

 確か夢を見ている最中は左脳の働きが鈍るので、難解な数式を解くべきだとかそれは全然違うとかどうとか。


「……いは、どっひはよ(いや、どっちだよ)」


 だいたい難解な数式ってなんだ。

 どのくらいのレベルのものを想定してるのよ。

 頭の中で思いつく限りの難解な公式を思い浮かべた。

 頬を抓るの止め、腕を組んで脳裏で解いてみる。


「ふむ。なるほど、わからん……」


 普通に解けなかった。

 というか、普段から数式を頭の中に思い浮かべると現実逃避したくなるので、現実という名のモンスターが俺を追い詰めない限り、思い出さないようにしているのだ。

 今も解こうとした瞬間に、俺の内なる自意識が『止めろ! 今はまだその時ではないぞ!!』 と、俺を止めてくれたのである。


「ああ、その通りだな。内なる俺よ」


 内なる俺は、一夜漬けで挑んだテストに限って出てくる困った存在ではあるが、こいつがいなければ俺は成り立たない。

 赤点を取ったときに『くっ! 内なる俺が邪魔をしなければ!』と、呟かなければ、俺はきっと涙に濡れた毎日を送っていたに違いないのだ。


 内なる俺に感謝を送りつつ、改めて周りを見渡す。


 四方は壁になっており距離は100メートル程、そして天井までは地面からおよそ20メートル程といったところだろうか。

つまりは、四角くかび臭い部屋の真ん中に俺は立ち尽くしていた。


「……」


 目を瞑り、腕を組みつつ頭の中で色々と整理してみる。

 有らん限りの材料を俺の脳という名の鍋に突っ込んで、俺ベースの味付けでコトコトと煮込むことおよそ5分。


「ふむ」


 出てきたのは単純な答えだ。


「寝ちまったか俺よ」


 思わず天を、いや、天井を仰ぐ。

 間違いないだろう。どこから寝てしまったのかは定かではないが、恐らくレポートが喋りだした辺りからがとても怪しい。

 起きたら机で突っ伏して寝ていて、首が痛いとか言いながら、居眠りした事を死ぬほど後悔するんだろうね、きっと。

 

「は~あ……」


 思わず暗鬱になる。今すぐ起き出したい所だが、頬抓っても起きない辺り爆睡中なのだろう。

 それに過去の経験から言って、一旦寝たらアウトだ。個人的には雪山で寝たら死ぬと、双璧をなすほどの死亡フラグだと思っている。

 

 やっちまったわ、どうすっかね学費。バイトを後、1~2個増やさにゃ間に合わないよな。

 留年確定という事実からの逃避で、しばらくボーっと何も無い天井を眺める。

 ふと、ある事に気づいた。

 周りを改めて見渡してみても、やはり間違いない。


「おー、流石は夢」


 薄暗い部屋。何も無いくせにぼんやりと明るい部屋。

 そう、この部屋には光源がないのだ。

 光っている物や採光口がどこにも見当たらないが、部屋は薄暗いものの四方の壁が見える程度には明るい。

 常識的に考えれば、窓も無い光源も無い部屋であるならば、自分の手すら見えない状況になるはずだが、俺から見て正面の壁に扉があるのが見て取れるのだ。


「ん? 扉?」


 半分思考停止状態だったからか、意識の外に放置されていたが、この部屋には扉があった。

 この距離から見るに西洋的な扉だろうか。

 何となくファンタジーっぽい扉だなと頭の片隅で考えつつ、何ともなしに正面の扉へ歩き始めた。




「ふ~ん」


 扉に近づくにつれてわかった。ファンタジーっぽいのではなく、これはどうやらファンタジーそのものらしい。

 観音扉の真ん中に、扉の左右に跨る様に六芒星の魔方陣っぽいものが書かれ、その魔方陣にはよくわからない言語でなにやら書いてある。

 まぁ、こんな夢を見てしまうのも、しょうがないのかもしれない。

 というのも、俺はファンタジーとか好きなほうだ。RPGとかでよくある、何かよく分からないけども大いなる運命とか、そういうのに巻き込まれてる感とかすごい好きだったりする。

 夢なのだから、そういう趣味嗜好が反映されているのだろう。


 扉に実際に触れてみると、六芒星の部分はプリントされた物ではなく、実際に掘られた物だということがわかった。

 こういう触感まで完璧に再現しているだから、まったく俺ってやつはたいしたものだ。

 この分なら理想の女の子を、夢で登場させることが出来る日も遠くないね。

 いや、夢が広がる。


 しかし、材料はなんなんだろうねこれ。

 触ってみた感触だと鉄扉に近いのだけど、触っただけで軽く扉が開く感じがしたので、この大きさで鉄扉にしては軽すぎる。


 うーん……まぁ、ファンタジーに対して材料とか無粋か。


「では、ほいっと」


 扉を軽く押してみる。


 と、想定していた通りギーッと音を立てて簡単に開いてしまった。


「……」


 三割ほど開いた扉の隙間から除くと、相変わらず薄暗いではあるがちゃんと見える。


「で、扉の向こうは上り階段ね」


 ということは、部屋の感じからしても、ここは地下だったりするのだろうか。

 まぁ、どうせ夢の世界だし悩んでいても仕方ない。


「どうにでもなーれ、と」


 特に警戒することも無く扉の中に入り、階段へ向かった。







 階段はさほど急ではなく、100段ほどで上り終わった。

 そして、目の前には先ほどと同じような扉。


「……まぁ、開けるわな」


 ここまで来たら開けるだろう。そりゃ何も考えずに開けるだろう。

 ぶっちゃけ夢の中なんだから、非常スイッチだって押しまくりだろう。

 だって夢の中なんだし。


 目の前の扉に軽く手を触れて、そのまま軽く押していく。

 ギーッと扉が開く音を聞きつつ、扉の先の光景へ想いを馳せた。

 夢の中ならせめて、何か俺に都合のいいものを見せて欲しい物だ。

 別にお隣のお姉さんの水着姿でもいい。いや、もうお姉さんであるならば、どんな格好でもいいのかもしれない。


「さぁ、何が出るかっ――!?」


 見た光景に思わず絶句してしまう。

 マジか。マジですか! やるな俺の脳よ!

 正直、こんなど真ん中にファンタジーなものが来るとは思わなかった。

 扉の向こう側、元居た場所の部屋より数倍大きい部屋に、10匹以上はいるだろうか。

 1メートル程のスライム達がポヨンポヨンと跳ね回っているのが見えた。


「いいねぇ……!!」


 感動した。全米が震える前に、俺が感動で震えた。

 何せ動くスライムだ。直球でファンタジーである。


「やべぇ、つーかマジでプルプルだ!」


 気が付くとスライムに近づいて、身体をノックのように叩いていた。

 柔らかいけど硬い。そんな絶妙な按配で構成された地球上では存在しない生命。


「すげ――!?」


 ブオンと特大の風切り音が、すぐ傍で鳴ったと知覚した瞬間――


「ッ!!」


 ――身体を壁まで吹っ飛ばされた。


「あ……が……」


 壁にそのまま激突し、俺の耳にグシャッと身体の中の何かが潰れる音が届く。

 灼熱の痛みに何も喋る事が出来ない。

 何がどうなっているのかもわからない。

 唯、急速に見えなくなっていく視界の片隅で、黄色い身体をしたスライムが興味を失ったかのように、ポヨンポヨンと軽快な音を立てて去っていくのが見えた。


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