プロローグ
――終わらない。絶対に終わらない。
これはもう結末が決められていた。絶対に、初めから決められていたに違いないのだ。
決して俺が悪いとかそんな問題ではなく、神様的な何かによって起こされた、人ではどうしようもない出来事なのである。
でなければ、こんな状況になり得るはずがないのだ。
横目でチラリと、壁に掛かったカレンダーを確認する。
一度目を閉じて深呼吸をし、右手の人指し指で眉間をグリグリとマッサージした後、クワッと目を見開いて再度確認する。
……何も変わっていなかった。
どうカレンダーを確認しても後一日しかない。
いや、正確に言うのならば今は夜の2時なわけで、後6時間程度しかない。
流石は、神様的な何かだ。もう、お手上げとしかいいようがない。
思わずお手上げだと、実際に両手を上げて万歳のポーズをとってみた。
だが、やはり現実は何も変わらなかった。
しばらく手を上げ続け、何も変わらないという事を改めて確認した後、全ての元凶であるテーブルに置かれた、明日提出の予定だったレポートを両手に持つ。
このレポートが、どのくらい大切なレポートかといえば、提出しなかった場合、即留年になるという代物だった。
そして、このレポートは内容の理解度を深める為、とかいうよくわからならない理由で、手書きでなければならない上に、受け取る教授は遅れたレポートおよび完成していないレポートは、絶対に受け取らないという完璧主義者なのである。
「えぐ、ずず~」
最早、半泣きだった。留年という現実を噛み締めるだけで涙が滲み出てくる。
思えば何でこうなったのかがわからない。レポートは昨日の内でちゃんと出来ていたのだ。
我ながら良い出来栄えだと、出来上がったばかりでインクの臭いがするレポートに、頬ずりしたのをしっかり覚えている。
「えぐっ、白い肌にツルツルの質感を持った俺のレポートちゃん……」
俺の目の前には、ぼろぼろになった元レポートちゃん。
なぜぼろぼろになったかと単刀直入にいえば、風で飛んだからだ。
空気の入れ替えで窓を開けた瞬間に、突風がものの見事に俺のレポートちゃんを攫っていったのである。
急いで探しに行ったものの中々見つからず、ほぼ一日中探して全部集まったときには、もう俺のレポートちゃんは生娘ではなかった。
色々なところが踏んづけられ、様々なところが破られ、至る所が泥により穢されていた。
酷いもので、中には落書きがされている物まであった。
「俺が窓を開けたばかりに、本当にすまないレポートちゃん……」
謝り続けながら一枚一枚捲っていく。
途中、落書きがされているレポートにあたり、捲る手を止めた。
魔方陣でも書きたかったのだろうか、六芒星の中に平仮名で何やら書いてある。
他はある程度仕方がない部分があり、許容出来るにしても、これだけは許せない。人為的であるが故に許す事は出来ない。
絶対に犯人を捕まえて、俺のレポートちゃんの前で土下座させてやる!
「小学生かっつーの。何が――――だよっ!」
六芒星の中に書かれた、意味を成さない文字列を嘲笑混じりに読み上げつつ、最低でも箪笥の角に小指をぶつけます様にと、落書きの主に向かって怨嗟の念を送ろうとした所、
≪■■■■■■■。■■■■■?≫
何やら聞きなれない言語がレポートから聞こえてきた。
「はい?」
思わず聞き返してしまう。
紙に向かって聞き返すという間抜けな構図。
どうやら、追い込まれすぎて、幻聴まで聞こえ始めてきたようだ。
「大丈夫か俺……」
≪――■■■■“はい”■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■≫
何これ怖い。
本当に紙から声が聞こえてくるように感じる。
これが人が壊れる瞬間なのだろうか?
とりあえず、病院に行くのが正解なのかしらと思案していると、
≪■■■■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■――≫
謎の声にエコーが掛かり、
「えっ?」
――瞬間、世界は一変した。