1章7
人気高級スイーツ専門店で英士がメニューの値段にゼロが一つ多いんじゃねぇかと冷や汗をかいている頃、その様子を楽しそうに見物する人間が二人いた。
一人は長身の美少年、もう一人はスタイルの良いツインテールの美少女。二人ともサングラスにハンチング帽と、知り合いのデートを追跡する際に変装するベタな装備をしていた。
「うふふ、絶賛ラブコメ進行中ね♪」
「我が義弟ながらアッパレだぞ、英士」
利創家に新たなメンバーが加わる可能性ができたことに喜びを感じている眞と愛衣。もしかすると数年後にはまた一人、もしくは二人と増えているかもしれない。何よりその相手が絶世の美少女だ。良くやったぞと愛する義理の弟に心から拍手を送っていた。
しかし、
「まさか英士の初デートの相手があんな可愛い子だなんて! 嬉しいような悲しいような、何かちょっと複雑……」
愛する義弟の初体験は自分が捧げてあげようと以前から画策していた愛衣。その役目があの赤髪の美少女に奪われようとしている。自分の初体験は眞か英士だと決めていた愛衣にとっては死活問題に値する。
義弟の幸せを願う心、義弟を取られたくないという嫉妬心、それらが混じり合って愛衣は悲しみと切なさを感じ、胸をキュンと見えない鎖に締め付けられたような痛みを覚えた。
そっと左胸に手を当てる。
英士が利創家の養子となり自分達の義理の弟になった時から覚悟はしていた。しかし一方で、考えないようにしていた。いつか英士が遠い存在になってしまうのではないかということを。
「大丈夫。英士がどんな子と結ばれようと、どんなに遠くへ離れようと、俺達の絆は永遠さ。例え、この先どんなことが起きようともな」
愛衣の考えていることを察した眞がそっと自分の手を彼女の手に重ねる。兄妹の絆なのか、不思議と愛衣の心を縛り付けていた見えない鎖が解けていく。
人前ではクールを装い自宅では兄妹の一線を越えようと馬鹿をやっている眞だが、妹と義弟が困っている時には長男として助言を与え二人の支えとなる、それが自分の役目であり使命であると眞は考えている。
「……そうね、今は英士の成長を喜ばないとね」
英士が謎の赤髪の美少女と出会った一部始終をちゃっかり見ていた愛衣は、眞に報告した後、英士の携帯端末に搭載されているGPSを辿ってこのメガモールへとやって来た。ついでに帰りに二人でラブホでも寄って兄妹の一線を今日こそは越えようと考えていたりもする。
メガモールに着いてからは、英士の第六感に似た能力の索敵範囲に引っ掛からないように尾行を続けていた。現在、二人は自分達の携帯端末のカメラを望遠鏡代わりにデートの様子を覗いている。
周囲からは異様な目で見られていたとしても自覚している上で無視している。二人にとって興味対象外のものはその場を彩る単なる装飾だとでも思っているのだろ。
「――それにしても……」
ふと眞が呟く。
「あの赤い髪の女の子、何処かで見たことがあるような無いような……」
「あ、それ私も思った!」
二人は心の何処かに引っ掛かりを感じていた。
例の赤髪の少女を今日初めて目にするはずだが、記憶のデータベースがそれを否定する。つまり、二人は彼女のことを少なからず知っていることになる。しかし、いつ何処で出会ったのかまでは思い出せない。
「うーん、あの子の顔立ちや衣服がどことなく貴賓に溢れているのよねぇ……」
「だとすると、政治家や経営者の娘?」
「ええ、そうね。類は友を呼ぶとはちょっと違うけど、見ただけで何となく分かるもの。この人は私達と同じか、似たような家庭環境の人間なんだって」
その意見には眞も同意した。
眞と愛衣の父である堂里は有名な大手システム会社の社長を務めている。それが縁で様々なパーティーに招待される機会が多く、世界中で開かれるパーティーにも参加した経験も少なくない。それに比例してブルジョア人と接する機会も多くなる。だから自然とブルジョア人かどうかを見分ける目のスキルを習得しているものなのだ。
「何処だっけ? ドバイか、パリか。ううん、一番怪しいのがシティで開かれたパーティーね。多分だけど……誰かの祝賀パーティーだった気がする」
「そんなに気になるんだったら、調べてみるか?」
そう言って眞は赤髪の少女を写真に撮り、自作の人物検索アプリを起動させ、撮った写真をスキャンして彼女が何者かを調べ始めた。
このアプリは眞と愛衣が秘密裏に開発したデータベースにアクセスしこれまた秘密裏にシティのセキュリティをかいくぐり収集したシティの人物プロファイルを検索するものだ。海外のサーバーを幾つも介した上で使い捨ての端末を使ってハックを仕掛けたため、今でもバレていないようだ。データの消去はお手の物、自分達の痕跡を何一つ残さないスキルは世界でも有数のハッカーやクラッカーに匹敵するだろう――もしくはそれを遥かに超える。
本人達曰く、「バレなきゃOK」だそうだ。
「検索終了っと。えーと、あの子の名前が……美汝楓って、美汝!?」
珍しく眞が取り乱した。
「美汝って、あの美汝よね?」
二人は検索結果が表示された端末の画面と例の少女の顔を疑い深く交互に見返した。
「間違いない。ARやホログラム映像においては業界トップの大企業、ADVANCE・ILLUSION社の社長、美汝幻栄の娘だ!」