1章6
目的地に着くと英士はFBをデータ粒子化させ収納した。
【SNC2053――BLACK・W】というアプリアイコンが携帯端末の画面にちゃんと再表示されたことを確認する。
「黒鉄く~ん、早く早く!」
「ちょっと待ってよ、楓さーん!」
目的地に着いた途端にハイテンションになった楓を追いかけるように商業施設の中へと入っていく。
超大型複合商業施設『ユートピア』。
幾つかのショッピングモールを始め、海外の巨大家具販売店、若者に人気のブティックや高級ブランドの専門店などを揃えるメガモール。周辺にはホテルが建ち並び、カジノや巨大アミューズメントパークなど一通りの娯楽施設が完備されている。
一つ一つの施設が巨大なため施設間での移動はバスやタクシー、それに専用のシャトルを基本的に利用することになる。
二〇二〇年の東京オリンピック開催を目前にカジノ法案が可決されたため、今日の日本においてカジノは合法化されている。むしろ今では日本のカジノのセキュリティは世界トップクラスと評されており、特にこの『ユートピア』のカジノは世界一のセキュリティの強さを誇る。
元々この複合施設は世界でも有数の経済都市であるシンガポールを参考にしつつ、世界各国の様々な分野の専門家のアドバイスを元に造られた。今では世界中の人々を魅了させる人気観光スポットへと定着した。
二〇二〇年代以降に羽田空港がハブ空港化されてからは、空港からシティまで直通のリニアモーターカーが地下に引かれた。移動時間は二〇分程度で済み、空と海の港を持たないフェザーシティにとっては海外とを繋ぐ貴重なインフラとなる。
だが、もう一つのインフラとしてシティの宇宙エレベーター『青龍』がある。
静止軌道上に巨大な宇宙ステーションが存在しており、世界中に建てられたカーボンナノチューブの塔と繋がる国際基地である。当然だが『青龍』もその基地に繋がっており、『青龍』を利用して世界中の人々がシティへと足を踏み入れる。
ちなみに日本は札幌に『玄武』、神戸に『白虎』、那覇に『朱雀』、計四つの宇宙エレベーターを保有している。
国際会議が開かれる場をシティの中央部の高層ビル群に設け、世界中の政治家やビジネスマンがそこに集まって来る。
世界的には海外出張や海外赴任には家族を同伴させるというのが常識とされており、親がシティ中央で働いている間、残りの家族はシティ南部に位置する商業施設で娯楽を楽しむという形になる。この金を生み出す仕組みがフェザーシティの経済を大きく発展させた要因の一つだと言われている。
施設に入った英士はハイテンションモードの楓に連れ回され、人気のブティックやアクセサリー専門店などウインドショッピングに散々付き合わされた。移動中ずっと手を繋ぎっぱなしで英士はドギマギしていたが、対して楓は何も気にすること無くウインドショッピングを楽しんでいた。
可愛い女の子とデート気分を味わっているはずなのに、英士の精神はドッと疲労を感じていた。楓が一体何者で、何を目的として自分の前に現れたのか、その理由を考える必要があるにも関わらず彼女から考える暇さえ与えられない。更に言えば、心身共にすり減らされ今は楓のファッションショーに無理矢理付き合わされている始末。
「どうですか黒鉄君、似合ってます?」
感想を訊いてきた楓はフィッティングルームのカーテンを開け、白いワンピース姿を披露した。
「う、うん、似合ってると思うよ……多分」
またしてもドキュンッ!! と心を奪われた英士は適当な返事をして視線を逸らす。楓の清楚なワンピース姿は精神的疲労を感じている英士の視線を釘付けにさせるのに十分だった。
「もー、それじゃ感想になってないじゃないですか。具体的にどう似合っているのか、ちゃんと言ってもらわないと困ります」
困るのはこっちの方だと言いたくともそんな勇気など沸いてこないもやしっ子の英士。観念してちゃんとした感想を述べることに足りない頭のスペックをフルに活用することにした。
今までプレイしてきたギャルゲーを参考に選択枠を幾つか引き出し、それらを組み合わせて誉め言葉を作っていく。
「え、えーと……、楓さんの綺麗な白い素肌がさらけて凄く良いと思うよ」
瞬間、楓の顔がカーと赤く染まった。
「は、肌がさらけてとか……く、黒鉄君のエッチ!!!!!!」
そう言い残し楓はあわや破れてしまうくらいの強さでカーテンを閉め、フィッティングルームにこもってしまった。
あまりの動揺ぶりに逆に動揺させられた英士は、
「お、俺、何か変なこと言った!?」
自分の非に一切気づいていなかった。
それから英士の謝罪タイムが続き、楓の機嫌を直すのに三〇分以上かかった。おまけにモール内の人気高級スイーツ専門店で奢らされる羽目になった。