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1章5

 ムギュッ、と背中から柔らかい感触が伝わってくる。大き過ぎず小さ過ぎず手に収まる絶妙なバストサイズが英士えいじにはたまらない。おまけに女の子特有の甘いフローラルの香りが漂う。まったくけしからん、と思いつつ思春期真っ盛りのため脳細胞がピンク一色に染まってしまう。

「さっきから黒鉄くろがね君の心臓がバクバク言ってますけど……大丈夫ですか?」

「ノ、ノープロブレム!」

 男のやせ我慢を口にしようが体は正直なもので、骨の髄まで蒸発してしまいそうなくらいに体温が暴走気味に急上昇している。同時に英士の頭の中では平常心VS性的興奮の大戦争が勃発しており、無言状態に陥っている。

 そんな英士の内心を読み取ったのか、かえでがニヤリと悪戯な笑みを作る。

「黒鉄くんのエッチ❤」

 思わぬ爆撃に平常心が負かされた。

 女の子に一度は言われてみたかった夢のような言葉が暴力的に、唐突として叶えられた。 

 一台のFBエフビーに日本人離れしたスタイル抜群の美少女と体を密着させて走行というシチュエーションにやられ、一度は抱いていた警戒心も今は何処へやら。単純に、英士の心のセキュリティが甘かっただけの話だが。

「そ、それよりも美汝びじよんさん」

「楓」

「え、えーと、びじょ……」

「カ・エ・デ!」 

 食い気味で強調させてきたので、苗字ではなく名前で呼べということなのだろう。

「楓さん……」

「よくできました♪」

 調子が狂わされるばかりで彼女の本心が見えてこず、ばつが悪い思いを英士はこの数分間抱えている。

「これから付き合えって、あれってどういう意味? それに、今から俺の行こうとしてる所に一緒に行こうだなんて」

「言葉通りの意味です。一緒に行こうというのも、黒鉄君の目的地が私にとっても都合が良い(`````)というだけの話です。あまり気にしないで下さい」

 気にするなと言われると気にしてしまうのが人間の性である。

 彼女は一体何者なのか。

 彼女は何故自分にコンタクトを取ってきたのか。 

 彼女の目的とは一体何なのか。

 いくつかの疑問が頭をよぎり、薄れていた警戒心が徐々に蘇ってくる。次第に考えることが多くなってきた英士は、再び口数が少なくなってしまう。そんな中、ふと顔を上げると反対側からFBの対向車が視界に入ってきた。装着しているゴーグル型端末にも【CAUTION! 対向車が来ています】というホロタグが表示されている。

 FBは免許を必要としない。危険時には透明なプリズム状のシールドが張られ、十分な安全が確保されている。そのため子供でも安心して乗れるので(一応小学生以上の年齢制限がある)通勤・通学などの移動手段として容易に利用されている。だから街でFBを見かけるのはそんなに珍しいことではない。

 英士は接触を防ぐため体を左に傾けて端によった。マナーとしてか、対向車側の人間はペコリとお辞儀をして走り去る。安全を確認し終えると体を右に傾け元のレーンに戻る。その際にガタン、と少々の揺れが生じる。

「きゃっ!」

 ムギュッ、と楓の柔らかい二つの感触が再び背中に伝わる。せっかく蘇りつつあった警戒心がまた薄れ、頭がパンク状態に陥り、何を話して良いのかさえ解らなくなってしまった。


「――そ、それにしても、フェザーシティの道路の色は相変わらず緑色ですね」

 しばらく英士の無言状態が続いていたので楓が気を遣って英士に話題を振る。

『デートの時は女の子に気を遣わせないこと』

 愛衣あいから散々言われてきたアドバイスが脳裏に蘇る。

 これはデートじゃないと自分に言い聞かせるが気を遣わせてしまったことは事実、ここから挽回せねばと心を入れ替える。

「ああ、それは地面にグリーンキューブが無数に埋め込まれているからだよ。ヒートアイランド現象防止策として開発されたナノキューブなんだけど、キューブの中に特殊改良された葉縁体が内蔵されていて、そいつが自動的に光合成してくれるんだ。道路が緑に見えるのはその葉縁体のせいさ」

 説明を終えた英士は満足感に浸る。が、ここでまた愛衣の女の子に対する心得が脳裏に蘇る。

『女の子に何かを説明する際には博士面しないこと。それから、長たらしく話して自分の世界に入らないこと』

 愛衣に忠告されたことをパーフェクトに犯してしまっていると今更になって気がついた。バカバカ自分のバカー!! と心の世界の壁に頭を打ちつける。

「ご、ごめん、いつもの癖でつい……。つまらないよね?」

 ギャルゲーでも女の子と話を合わせて盛り上げるのは基本中の基本。もしかしたら今ので彼女の好感度が下がったかも、と危機感を覚える。

 が、

「ふふっ、黒鉄君って物知りなんですね。私、尊敬しちゃいます」

 意外にも好感度が上がったことに英士は素で驚いた。単にお世辞として言っているのか、それとも科学的な話が好きなのか、どちらにしても会話が盛り上がったのは事実、テンションケージを減少させないためにも会話を続けなければならない。

 英士の脳内に会話を盛り上げるための選択肢が浮かぶ。

【①勉強 ②世間話 ③スポーツ ④食べ物 ⑤プライベート ⑥エッチなこと ⑦アタック】

 ⑦は好感度ケージが足りないので除外。⑤は二人ともまだ心の内を見せていないので除外。⑥は死亡フラグ確定、必然と除外される。残る選択肢は四つ、未だブラックボックスな楓の性格を予測して最善の選択をするため脳細胞をフルに活用させる。

 しかし、

「私、このフェザーシティが大好きなんです。この街で生まれ育ったって理由もあるんですけど、科学と自然が上手くマッチしているところなんて、素敵ですよね♪」

 選択肢を考えている間に話の先をうながされてしまった。

「それに、この街から世界に広がっていった物も多いじゃないですか。私思うんです、この街は世界を照らす光なんじゃないかって」

 楓の言葉に英士の耳がピクリと動き、何か思い詰めたような暗い表情に変わる。

「光か……。確かに、この街は光なのかもしれない」

「黒鉄君もそう思います? 良かった、そう思う人が私だけじゃなくって」

「でもね……」

 英士が言葉を句切る。同時に空気が重たくなる。

「光あれば必ず闇がある。それは人にも当てはまる」

 グッ、と奥歯を噛み締める英士の視線は何処か遠くへと向けられていた。

「え?」

「うんうん、こっちの話。気にしないで」

「え、ええ……」

 英士は言葉を濁した。楓もそのことについては特に追求はしなかった。追求する前に二人の視線の先に超巨大な複合型商業施設が跳び込んできたからだ。

「見えてきたよ、あれが目的地の『ユートピア』だ」

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