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1章3

 翌朝。

 雲一つ無い清々しい青空。快晴日数が常に全国上位の埼玉県にとっては誇れる点の一つであろう。

 窓から差し込む日の光を浴びた英士えいじは、体を伸ばしてスッキリとした気持ちで起床する。

 時刻は午前九時をちょうど回ったところだ。

 洗面台で冷たい水で目を覚まし、歯を磨く。春休み期間中ということもあり、のんびりと朝食を済ませてから着替え始めた。

 季節は春だが三月下旬の気温はまだまだ肌寒い。そのこともあってか英士は黒いアーミーコート(生地が薄い春使用)に袖を通し、黒一色のコーデに身を包み玄関へと足を運んだ。

「あら英士、これからお出かけ……って、また黒一色にして……」

 靴を掃き終えたところで洗濯カゴを持った愛衣あいに出会した。

 コーデを黒一色にする癖がある英士にこれまで愛衣は何度もファッションセンスを改善するよう口を酸っぱくして言ってきた。散々忠告をしたにも関わらず己の道を突き進むため、半ば諦めかけてはいる。

「良いじゃん別に。それより昨日の大会でFBエフビーのブースターが壊れたから、代わりのやつ買ってくる」

「お昼は?」

「適当に食べてくる」

「あんまり遅くならないでよ。それから……」

 このままでは「ハンカチとティッシュ持った?」と少々めんどくさい流れになるので、分かった分かったと強引に話を切り上げ、「いってきまぁーす!」と逃げるように玄関を出て行った。

 玄関を飛び出した英士の視線にこの街の中心部にそびえ立つ白き巨塔が一番に跳び込んでくる。

 フェザータワー。

 英士達が暮らす近未来都市のランドマークな存在。全長二〇〇〇メートル越え、ドバイにある超高層ビルの二倍以上の高さを誇る羽型の巨大タワーだ。

 世界各地に存在する宇宙エレベーターを除くと世界一の高さを誇る建造物が、かつて地方のド田舎だった場所に大きくそびえ立っている。


 フェザーシティ。

 森林や可川などの大自然と高層ビルが共存しているこの都市は、埼玉県北部のいくつかの市町村が合併してできた超未来都市ネオフロンテイアだ。

 東京オリンピックが開催された二〇二〇年以降、日本は今後迎えるであろう一極集中・極点型社会を防ぐため、地方分権の拡大と共に地方都市の開発と増殖を推し進める計画を立てた。日本の社会と経済の仕組みを革新的に変えるビックプロジェクトだった。

 そのプロジェクトの要としてまず始めに、かつて羽生はにゆうと呼ばれた土地から開発の手が着いた。

 東京の首都機能が麻痺した際、政治・経済を代りに勤めるバックアップ都市として『自然と都市の共存』をテーマに築かれた。同時に地名をフェザーシティへと改名。

 FMエフエムとスペルゲン粒子が発見された時期とかぶったこともあり、都市開発にFMとスペルゲンが最大限に利用された。

 結果として東京を上回るメガシティに生まれ変わり、ユビキタス社会の基礎を築く科学都市へと変貌を遂げていった。

 以降は地方開発のモデルケースとなり、全国に地方都市が続々と誕生していった。

 多くの企業が各地の地方に集まることで今まで公務員が主要だった地方の職はバラエティに富み、都市間とのインフラが改善され、教育や福祉施設も充実していった。

 おまけに、地方の経済発展は少子化にも良い効果をもたらした。

 一人の女性が一生の内に産む子供の数が二人を切っていた二〇一〇年代の出生率も、今では二人以上へと緩やかな回復を見せている。

 働く女性に対する職場意識の改善は当然として、男性でも産休や育休が取りやすくなったことが理由の一つとして挙げられるが、専門家いわく、子供を産んでくれる女性が増えてきたことが最大の要因となったそうだ。

 様々な要素が重なりそれらがシナジーし合うことで、国全体が活性化していった。この日本のビックプロジェクトに世界が多大な評価を与え、多くの称賛の声が送られた。その象徴として挙げられる都市こそがこのフェザーシティなのである。


 家から離れて少し開けた場所に出た英士は、コートのポッケトからスティック状の携帯端末を取り出しスタートボタンを押す。ピッ、と青白いホロモニターがコンマ数秒で表示される。

 アプリアイコンが幾つかあるメイン画面からボードの絵が描かれたアイコンを人差し指でクリックする。

【SNC2053――BLACK・Wをオブジェクト化しますか? YES/NO】

 英士はダイアログの答えに【YES】をクリックした。すると目の前でデータ粒子化された光が出現し集まり、英士のFBがオブジェクト化されていく。

 ソニック社製バランス型FB《BLACKブラツクWINGウイング》。

 どの体型の人間でも安定したフィット感を提供してくれる機種として初心者から上級者まで人気のベストセラーシリーズだ。

 英士のモデルは二年前に販売された物だが、所々に手を加えられたカスタム使用である。太陽の光を反射するほど磨かれた黒いボディ。先端部分は空気抵抗を極力減らすために角は削られ、綺麗な曲線を描いている。そのため他社の新シリーズにも負けず劣らずの走りを見せてくれる。

 オブジェクト化されたFBに片足を乗っけた英士は「さて……」と呟き、一度息を吐いた。

 そして、

「出て来いよ! 尾行してんのはとっくにバレてんだ!」

 後方を振り向いて隠れ場所となりえる曲がり角を睨み付けた。

 背中に第三の目は付いてはいないが、感覚としてとらえられる能力を英士は有する。その能力により自宅を出た時から何者かに後を付けられていることは解っていた。

「あ~あ、バレちゃいましたか。尾行には少し自信があったんだけどなぁー」

 女の声だった。

 コツコツとブーツの音を響かせて英士を尾行していた何者かが姿を現す。

「こんにちは、黒鉄くろがね英士君」

 ルビーのように煌めいた赤い長髪がまず目に入った。白いジャケットに水色のシャツ、ピンクのプリッツスカートがスリムな体型に良くマッチした女の子だった。そして、彼女の透き通ったエメラルド色の瞳が英士の視線を吸い寄せた。

「天使だ……」

 思わず、心を奪われる。

 同世代の女性に見とれることは英士の人生の中であまり経験の無いことで、そのまま数秒間フリーズしていしまう。だが数秒で自我を取り戻すと頭を大きく振って正気を取り戻し再び女を睨み付ける。

「そんなに恐い顔をしなくても大丈夫ですよ。あ、まだ自己紹介がまだでしたね。(かえで)美汝(びじよん)楓って言います。よろしくね☆」

 自己紹介と同時に彼女が可愛らしいウインクを放った。

「突然なんですけど……、今から私と付き合ってくれるませんか?」

 パチクリと何度もまばたきを繰り返し彼女が今何言ったのか理解しようとするが、英士の思考回路はお盆真っ最中の高速道路のように情報の大渋滞を起こしていた。

「これって何のギャルゲー?」

 やっとこさ振り絞って口から出て来た言葉がこれだった。

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