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4章6

 何ら変哲も無い空間に突如渦が巻き黒い穴が表れる。その穴から先端が鋭くとがった針が無数に射出される。何千何万本もの針がただ一人の人物、黒鉄英士くろがねえいじを射るために蜂の大群のごとく鋭い先端を向けてくる。

 蜂の巣にされたキウムの二の舞になるのは絶対に回避したい英士は、右腕を横一線に払い風の波を生み出す。発生した風の波が無数の針の進路方向を強引にねじ曲げ、弾き返し無力化していく。

 チャリンという金属音が引っ切り無しに響き渡る。

(くっ! これだと処理し切れねぇ)

 英士が放った風の波は降り注ぐ針の雨を蹴散らせていたものの、技の発動から数秒もすれば必然と勢いが消え、弾き無効化できる針の数も次第に減っていく。

 ついに英士の放った風の波は壁としての役割を終え、単なる空気へと戻る。その機を待っていたかのように後続の針が勢いを増して襲い掛かる。

 絶体絶命のピンチ。常人ならばこの時点で既に諦め呆然と立ち尽くし死を待つのみだが、英士は冷静な顔を保ちつつクスリと笑みを浮かべていた。両拳をギュッと握りしめる動作と並行して、英士は周囲十メートル圏内の空気を一気にかき集め、圧縮させていく。だが同時に自身の体がひしやげてしまいそうな圧迫感を強いられる。

 針が数センチ前まで迫ったその刹那の瞬間、圧縮させた空気を全て解放し、地響きを起こすまでの爆裂音を轟かせ、強烈な衝撃波を生み出した。凄まじい衝撃波は一瞬にして無数の針を弾かず空気中のチリにしていき、針の出所である次元の裂け目までもを吞み込まんとする勢いで範囲を拡大していく。

「流石にこれはマズイ」

 このままだと確実に腕の一本は持っていかれると危機感を覚えたホプキンスは、自身が出現させた次元の穴を消して後方へと跳び、瞬間的に予測した衝撃波の範囲内からギリギリのタイミングで遠ざかることに成功した。

 やがて衝撃波は強い風と化してホプキンスの肌へと吹き当たる。もし判断があとコンマ一秒でも遅れていれば、今頃体の何処か一部分が空気中のチリにされていただろう。そう思うとホプキンスの背筋に嫌な寒気が走り、ブルッと震え上がる。

「素晴らしい、素晴らしいぞ被験体三四〇号!! 気象状況や周囲の環境に左右されがちな『ジネン』フォーマットでこれほどまでの力を引き出せる能力者がいたとは。『PDRI』もさぞ喜んでいるだろう」

 ホプキンスの言葉にピクリと反応した英士は、嫌悪するようにムッとした表情を作る。

 忌々しい過去。

 感情によって刻まれてしまった記憶が怒りや憎しみの情を沸かせる。あまりの情の強さに吐き気さえ覚える。

「あんたこそ『ジネン』と対を成すもう一つの超能力フォーマット、『シソウ』を完璧に使いこなせている。あんたの言うとおり、『ジネン』はその時の気象や環境下で起こせる現象が制限されがちだが、その分演算に多少の誤差があっても技は発動する。だが『シソウ』は能力者のイメージ世界にワームホールを繋げ、生成させたイメージをワームホールを介して具現化させる。それには具現化させる物の質量、温度、あんたの針で例えるなら硬度、それら様々な要素を寸分の狂いも無く演算する必要がある」

 フェザーシティに住む超能力者の六割が自身の能力フォーマットを『ジネン』に設定していると言われている。その理由は明確で、『シソウ』だと演算に正確性が求められる上に、起こす現象についての膨大な知識が必要なのだ。

 パイロキネシスのように炎を出したければ、その炎の温度を体感的に知った上でそれを明確なイメージとして生成しなければならない。風の動き一つでどう炎が傾くかさえ演算に含めなければならず、それを怠ると現象は一瞬にして能力者のイメージ世界とを繋ぐワームホールと共に消滅する。

 演算時に超能力者の脳がスパコン並みのスペックを発揮すると言われているが、『シソウ』はコントロールが難しく素質も必要となってくる。だからフォーマットを『シソウ』にしている能力者の比率は『ジネン』よりも圧倒的に少ない。それ故に科学者達にとっては『シソウ』フォーマットの能力者が貴重な研究素材に思えるのだろう、彼らを重宝する傾向がある。何より『シソウ』の一番の魅力は、周囲の環境状況、気象条件、化学式を一切無視して超常現象を起こせるところだ。

「つーか、その被験体三四〇号って呼び方……それを知ってるってことは、やっぱあんた『PDRI』の残党か、その関係者か何かだろ」

「何故そう思う?」

 ホプキンスの問いに英士は一度反吐を吐くように忌々しい表情を浮かべ、答える。

「被験体三四〇号、俺が『PDRI』に通っていた頃にくそったれな科学者達に付けられた通し番号だ! 『PDRI』に通っていた子供全員に番号を付けていたようだが、事件後、プライバシー保護の名目で全ての通し番号はシティと国とで重要に管理・保管されている。未来永劫その番号を知ることは不可能だ。だが『PDRI』のメンバーだった人間なら別だ、十年経った今でも当時の上層部の奴らは捕まっていない。恐らく、あんたもその内の一人だろ?」

「大達は当たっている……が、少し訂正すると、我は『PDRI』のメンバーでも上層部の人間でもない」

「だったら……」

 右拳に圧縮させた空気を纏わせ、駆け出しホプキンスへと跳び掛かった。

「一体あんたは何者だぁー!!」

 ホプキンスに英士のストレートが降り掛かる。

「強いて言うなら」

 拳を前に突き出したと同時、纏わせていた空気を解き放つ。溜まったストレスを傍若無人に振り舞く暴君のように衝撃波がホプキンスへと迫る。

「我は『PDRI』の意志を受け継ぐ者、とでも言っておこう」

 英士の動きを読み、予め用意していた次元の裂け目から巨大なランスを取り出し、そのランスを横一線に振りかざして衝撃波を真っ二つに分断した。

 空中で無防備状態に陥った英士へと鋭い突きが放たれる。

 針先が顔面を貫かんとした瞬間、英士が目前の空気を暴発させランスの先端を粉砕した。だが追撃の蹴りには気づけず、五メートル後方の壁へと磁石に吸い寄せられるように飛ばされた。

 壁には大きな穴が空き、粉末が空気中に舞い散る。それが霧のように英士の姿を覆い隠す。

「この程度ていどでくたばる貴様ではないだろ? さっきの蹴りには手応えが感じられなかった。恐らく、蹴りが当たる寸前に空気を圧縮しクッション代わりにしてダメージを軽減させたな」

 ビュンッ!! と粉末が舞う中から石膏せつこうの破片が剛速球の如く飛んできた。その破片をホプキンスは片手で軽々と受け止め、後方も無く粉砕した。

「力だけでなくその器用さも貴様の強さなのだな。『PDRI』が十人しか生産できなかった上位能力者の内の一人なのも納得がいく」

 ホプキンスは生成したワームホールから無数の針を発射させ、次々と迫り来る破片にぶつけていく。針は破片を貫き推進力を保ったまま英士を亡き者にしようと前進する。

「やっぱりそのことも知ってたか。んで、上位能力者の一人である俺を捕らえて一体全体何をやらかそうとしてんだ、『PDRI』の意志を継ぐ者さん!!」

 疾風を発生させ針を無力化した英士は、粉末が舞う中から飛び出してホプキンスに殴り掛かる。が、それが空振りに終わり、カウンターが迫る。何とか気力で左手を動かしカウンターを弾き、相手をスタン状態に追いやる。一度は空振りに終わった右拳をもう一度動かし、今度こそホプキンスの頬へと叩き込んだ。

「人類が新たなステージに進むため、楽園エデンに辿り着くため、貴様ら上位能力者十人全員の強大な力が必要なのだよ。我もその楽園に辿り着く賢者の一人になりたくてな、力が成熟する年齢になった貴様ら上位能力者を狩る計画に賛同したのだよ」

 殴り飛ばされずに踏み止まったホプキンスは、巨大なランスを生成して鋭く尖った先端で突いてくる。その攻撃を英士は間一髪のタイミングで回避し、巨大なランスが握られている腕を手で弾き、隙を作る。

「そんな厨二病ちゆうにびようチックな野望のために利用されてたまるかぁー!!」

 ガードが甘くなった腹部へと圧縮した空気を叩き込む。パーン!! と破裂音が鳴り響き、解き放たれた空気が衝撃波となって内蔵を暴力的に揺らし、ジワジワと痛覚を与えた。口から赤黒い粘り気のある血を大量に吐き出したホプキンスは、床へと倒れ込んだ。

「終わりだ。詳しい事情は後で洗いざらい吐いてもらう。あんたと『PDRI』との関係も、十年も雲隠れしてやがるくそったれどもの隠れ場所もな! そして何故あんな悲劇が起こったのか、犠牲になった者達のためにもその是非を突き詰める」

 それがせめてもの償い、せめてもの救い、多くの犠牲の上で成り立つ上位能力者である自分の使命だと英士はずっと思ってきた。もちろんそれが偽善であることも自覚している。

「突き詰められると良いな。ただし、我を無事に捕らえられればだが」

「ッ!?」

 死に至らなくとも内蔵に致命的なダメージを与えたはずだ、にも関わらずホプキンスはムクリと立ち上がり、今まで以上にドス黒く邪悪なオーラを放った。

「『シソウ』を使いこなしている程度で上位能力者である貴様に挑む愚か者とでも思ったか? それ相応のリスクと覚悟はしてきているのだ、これで終わるはずがないだろう。むしろ、これからが本番の第二ラウンドだ!!」

 ホプキンスが血管を破れるくらいに力み始めると、突如として全身から眩い光が放たれ、凄まじい嵐が巻き起こった。

「な、何だ、何をした!?」

 英士はうっすらと目を開け、眩い光りの中でホプキンスのシルエットが段々と膨らんでいく光景を見た。

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