4章4
女皇陛下の並外れた怪力に押され、楓は何層にも渡り落下した。
途中、悲鳴を上げながら遅れて落下してきたルンバが都合良くネクロドールシステムの気を引かせ、その隙を狙って楓は女皇陛下の腕を掴んで投げ飛ばし、壁へとめり込ませた。
『システムへノ損傷率1%……支障無シ、計算ノ範囲以内デス。戦闘ヲ続行シマス』
「女皇陛下ごめんなさい……。はあっ!!」
これ以上ネクロドールシステムに女皇陛下の体を玩具にされないため、壁にめり込んでいる間に追撃を加える。断りの一言を入れたのは、例え死体とはいえ母親のように慕ってきたからだ。目から熱い水滴を零しながら拳を唸らせ、怒りを込めた蹴りを女皇陛下の体へとぶつけていく。
だが、楓の拳が受け止められ腕が握られる。そしてカウンターの拳が彼女の顔面へと迫る。
「やあっ!!」
カウンターを決められる前に楓が膝蹴りを腹へと命中させる。
が、
「……効いてなっ、きゃあっ!?」
楓の膝蹴りは完全に女皇陛下の腹の柔らかい部分に入っていた。しかし女皇生陛下は怯むまず、カウンターの一撃が楓の頬に食い込み、数メートル後方へと殴り飛ばされた。
壁に激突する刹那の瞬間、クルリと上体を反転させ着地し、壁への激突を回避した。パンチを喰らった頬がヒリヒリと熱を帯びている。
「さっきの完全に急所を得ていたはずよ。なのに何で……?」
苦虫を噛んだような表情を浮かべる楓の元にルンバがやって来て、ぴょんと楓の肩に乗っかり「落ち着くウパ楓、あれをよく見てみるウパよ」と女皇陛下の頭に装着されたヘッドギアに指を差す。
「幾ら死体に急所を突いても意味が無いウパ! だから、女皇陛下の死体を操っているあの装置さえ破壊しちゃえば良いウパよ」
女皇陛下の体を玩具にされて完全に頭に血が上っていた楓は、ルンバの指摘にハッと我に返り冷静さを取り戻す。怒りに身を任せていた自分を恥じ、自分の両頬に活を入れる。
「ありがとうルンバ、おかげで目が覚めたわ。冷静に考えれば、小学校低学年の子でも解かる攻略方よね」
ならば、接近戦は極力避け遠距離射撃戦に移行するのがベスト。しかし楓はオーソドックスな近接格闘タイプ。バースト系の技は持っているものの、それは攻撃を加えた上での追撃を想定してのものだ。
バースト系の技でガンガン攻めるシンプルな策を思い浮かべるが、すぐさまその策を切り捨てる。技を外せばそれだけ隙ができ、その隙を狙われるのは明確だ。とても得策とは言えない。
結局、考え得られた策は一つだった。
(……これしか無いわよね?)
諦めがついたように苦笑を浮かべる。
遠距離攻撃を無理に行うのは逆効果。ならば、自分の体に染み込んだ戦闘スタイルで闘った方がまだマシな結果が得られる。そうと決まれば善は急げだ。
「コール、《フレアソード》!!」
楓の掛け声に音声認識システムが反応し、データ粒子が磁場に引き寄せられるように出現して、ピンク色のステッキ《フレアソード》がオブジェクト化した。日曜の朝にやっている少女向けアニメによく登場するような魔法ステッキに見えるが、ボタン一つで鋭い刃が飛び出る楓専用のオブジェクトデバイスだ。
《フレアソード》がオブジェクト化されるや、楓は即座に握りボタンを押して収納された剣を出す。その動作に呼応してか、楓の側に《フレアソード》のステータスが記載されたホロモニターが表示される。
「結局、私にはこの闘い方が性に合っているのよね」
構えのポーズを取ると同時にスペルゲン粒子を刃の部分へと溜め込み、走り出す。
「はあああああああ!!!!!!」
気合いの入った声を出しながら女皇陛下へと斬り掛かる。
だが、光り輝く剣が襲い掛かろうとネクロドールシステムは回避行動を取ろうともせず、むしろ片腕を献上するかのように切り掛かる剣へと突き出した。
空間を歪めてしまうほどの音の波が楓の鼓膜に響き渡る。振り下ろした《フレアソード》の刃は女皇陛下の片腕に完全に命中していた。だが片腕は切断されておらず、斬り掛かった刃をがっちりと抑え込んでいた。
(流石、最強の盾と謳われた女皇陛下のバトルドレスね)
女皇陛下のゴージャスなドレスも美少女戦士のバトルドレス同様、素材にFMが使われている。なのでドレスを纏うだけで細胞強度が上がる。更に彼女のドレスには他のバトルドレスよりもFMがふんだんに使われており、細胞強度が五倍にも膨れ上がると噂された代物だ。刃物で斬りつけられた程度で切断される訳がない。
『肉体への損傷0%。アーカイブニ接続、最適ナワードヲ検索中……検索完了。ビビ……オ前雑魚、パットデ誤魔化シテルヨーナ貧乳ハ引ッ込ンデロ』
「なっ!? パットなんかしてませんよ!!」
顔面を真っ赤に染めて動揺している隙を狙い、もの凄い力で楓を押し返し、薙ぎ払って宙で無防備状態にする。
『再ビアーカイブニ接続、コノ状況ニ該当スル最適ワードヲ発見、参照シマス』
宙でスタン状態になった楓は苦い表情を浮かべつつ、次の一手を模索していた。
『気ニスルナ。小サイハ正義、オ手軽サイズガ一番揉ミ心地ガ良イ。ツマリ、貧乳コソガ世界ヲ救ウ』
楓の頭の中でぷつんと何かが切れた音がする。怒った楓はスタン状態だった体を気力で回転させ、詠唱を唱える。
「邪悪な力を打ち砕くため、今ここに幸運の光が宿る!!」
スペルゲン粒子が《フレアソード》へと吸い寄せられるように集まり、それに連動して表示されているホロウインドウにはエネルギーケージが溜まっていく。
「閃光の連槍!!」
技名を叫んだと同時、《フレアソード》から槍状に形態変化したスペルゲンの閃光が幾つも発射される。
「貧乳貧乳って失礼なのよ、このセクハラシステムがぁ——————!!!!!!」
無数の閃光はヘッドギアに向けて放たれた。この至近距離ならまず外すことはない。ところが、そう事が上手く進んでくれないのが現実なのだと楓は思い知らされる。
『脳内シナプスヨリ最適ナ技ヲ選出、『白に包まれし世界』発動』
「う、嘘でしょ!? それって女皇陛下の……」
閃光の槍がヘッドギアへと命中する直前、女皇陛下の体が異様な輝きを放ち出す。全ての色を吞み込まんとする絶対的な純白な光が女皇陛下を中心にドーム上に広がっていき、無数の閃光がドームに阻まれ消滅する。
必然的に、至近距離にいた楓も純白な光のドームに巻き込まれる。
幸い楓はネクロドールシステムが技名を発言した際に、スペルゲンを体中に纏って簡易的なバリアーを張っていて、浸食される最悪な事態だけは何とか防いだ。が、浸食を防いだだけでダメージを受けない訳ではない。
必死に両手で食い止めようとするが膨張するドームの勢いに抗えず、玩ばれるように後方へと押し返された。そしてドームが十メートルほど拡大したところで、純白なる光は爆ぜた。
「きゃあっ!!」
楓は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、二回バウンドしたところで《フレアソード》を床へと突き刺し体制を整え直した。
「ハアハア、なるほど……。運動能力だけじゃなく、その人が生前使用していた技も使えるって訳ね」
「あんなの喰らって本当に大丈夫ウパか?」
「ええ、何とかね。それよりも、ルンバが無事で良かったわ」
強がっているものの頑丈なバトルドレスは既にボロボロで、体の至る所に擦り傷ができている。
『システムへノ損傷無シ、予測サレルミッションへノ支障0%。目標ノ生存ヲ確認、戦闘ヲ継続シマス』
生気無き肉体が楓に休む暇さえ与えずに襲い掛かる。




