4章3
『システム起動。対象者ノ脳内残留シナプスト接続開始……接続完了。続イテ対象者ノ記憶ヲ読ミ取リヲ開始シマス。ロード中……ロード完了。システムトノシンクロ率ヲ最終確認……」
フォーチュンワールドの最高権力者、女皇陛下の頭に装着されたヘッドギアが赤いライトをチカチカ光らせながら心無い電子音声を発する。
『システムトノシンクロ率96%、正常ヲ確認。コレヨリ戦闘態勢ニ入リマス』
死後硬直している死体の間接をカラクリ人形のようにカクカクと動かしシンクロ指数を確認し終えると、ヘッドギアの赤いランプが楓に狙いを定め、敵意ある光を放った。
「こいつはネクロドールシステムと言って、シティの暗部の連中が興味本位で作った下手物発明品のプロトタイプだ。何でも、死んだ人間の脳に残留しているシナプスを読み込み、そいつが生きていた頃の運動能力を死んだ状態でも発揮することが可能らしい」
「死んだ人間の脳の残留シナプスを……それってもしかして!?」
「そのもしかしてウパ!!」
嫌な予感が数秒後に現実と化す。
『ターゲット確認。コレヨリ目標ヲ鎮圧シマス』
腹立たしい無感情な声に苛立ちを感じた楓は、グッと力強く奥歯を噛み締めた。そんな楓の真上に女皇陛下の死体が拳を突き出し、襲い掛かってきた。距離は十メートル以上離れていたはずだ。
「ッ!?」
とっさの判断で楓は腕をクロスして防御体勢を取った。だが人並み外れた怪力に押され、その衝撃で床が抜け落ちた。そのまま下層階へと共に落ちていく。
「か、楓ぇえええええええええええ!!!!!!」
ちゃっかり難を逃れていたルンバが臭い芝居を打ち見届けるやいなや、しかめた面に変わり本章を丸出しにする。
「さてと、俺は邪魔にならないように退散と……って、何をするテメー!?」
逃げ出そうとしていたサポート妖精を英士がひょいとつまみ上げる。
「こういう時、サポート妖精ってのはパートナーの近くにいるのが常ってもんだろ」
「て、テメー!! もし落としたらネットにテメーのキモ動画をいやあああああああ!!!!!!」
英士はジタバタと抵抗するルンバをゴミ箱に紙くずを捨てるように、突き破られた床の穴へと落としてやった。
「ふうー、さてと……」
一仕事終えたようにパンパンと手をはたくと視線を男へと向け、薄く笑った。
「ん? やけに余裕ではないか。良いのか、あの美少女戦士を追わなくとも」
「へっ! 追ったところで戦況が混乱するだけだ。それに……」
一度瞼を閉じて拳に力を込める。そして、ギンとした闘志を宿した瞳を開いた。
「楓さんには悪いけど、これで何も気にせず闘える」
英士は笑っていた。男が放った毒々しい笑顔と同等の、もしくはそれ以上の邪悪な笑みだった。その姿は今にも襲い掛かりたいという衝動を必死に抑え込み、熱い吐息を漏らしながら潜む猛獣のようだ。
「その目……、もう何人も殺った奴の目であるな。『ユートピア』の件では戦闘に参加するのを躊躇していたと部下からのレポートにはあったがな」
「まあな、躊躇してたのは事実だ。今でも迷いはあるけど、この闘いで迷いを振り切ってみせる! それより、あっさり自分が黒幕だと認めたな。まあ、そこら辺は利創の情報網で何となく掴んでたけど」
過去のトラウマも、過去に味わった苦痛も、決して忘れてはいけない過去の罪も、今まで蔑ろにしていたことをちゃんと向き合った上で、乗り越えなければならない。
「んじゃあ、そろそろ始めようぜ。えーと……?」
「ああ、申し遅れたな。我の名はホプキンスだ。貴様の言う通り、『ファントム』とかいうゴミ虫どもを裏で操っていた黒幕だ」
「俺の名は……って、名乗らなくても大丈夫か。それに、あんたが串刺しにしたあのババアに俺の捕獲を命じてたってことは、当然あのことも知ってるよな?」
英士の問いにホプキンスは肯定も否定もせず、ニヤリと毒々しく笑った。それを英士は肯定として受け取る。大抵ホプキンスのような連中は話を濁らす。むしろ問いに対して笑ってくれたのはありがたく思える。
「そうか……なら、うっかり死なねえよーに気をつけな!!」
全力で床を蹴り上げた英士は自身の能力で体をホバリング状態にして、予め自分の後方で圧縮させていた空気を破裂させる。その衝撃をブーストとして利用し、後方から追い風を吹かせてジェット機の如く数メートル先にいるホプキンスへと殴り掛かった。
渦巻く圧縮された空気を纏った英士の拳がホプキンスの頬へと吸い込まれるように迫る。空気が弾ける衝撃に移動速度を加わえ、ダメージをプラスさせていく。
「うらぁああああああああああ!!!!!!」
「では、遠慮無く行かせてもらおう」
英士の拳が迫る中、ホプキンスは平然とした顔で危機感など全く持たず、毅然とした態度を保っていた。
ホプキンスの右手から次元の裂け目のような小さな穴が出現する。そこから人一人分の大きさはある巨大なランスが生成される。すかさずホプキンスは生成されたランスの柄を握ると、殴り掛かってきた英士目がけてランスを突き出した。
英士の拳と巨大なランスがぶつかり合い、大地を揺るがすような衝撃音が生じ、爆ぜた。




